人間の里に入るまでは何もない、のどかで平和な風景だったのだが
入ってみると意外な賑わいに少し驚いた。風景的には江戸時代の日本と
その頃の中国の風景が一緒になったような感じだ。人通りも多く
軒先からはいろいろな声が聞こえてくる。
「さて橙、藍さんはどこにいるか分かる?」
「うん、藍さまいるとしたらあそこしかないよね~」
と橙が指をさしたのは豆腐屋だった。なるほど、油揚げか
「よし、じゃぁ行こう・・・あれ?橙どうした?」
橙は豆腐屋の反対側にある、お菓子屋?のような店に目が行っている。
まさかとは思うが橙は猫だ、マタタビや魚ならともかくお菓子とは・・・
「橙、お菓子欲しいか?」
「え?あ・・・ごめんね~あそこの飴屋さんの水飴がすごくおいしいの~」
飴屋か・・・水飴なんてどこも味は変わらないようなもんだが・・・
「藍さんはいいの?早くしないと・・・」
「あ、大丈夫、藍さま豆腐屋に入るとすごく長いから、半日いたこともあるよ?」
豆腐屋で半日も何してるんだろう?主人と話でもするのか、涎垂らして油揚げでも眺めてるのか
謎である。
「そうか、じゃぁ少し見てみるか・・・」
「うん!」
橙は明るい顔になり、うれしそうに飴屋に向かう。俺は橙のあまりの子供っぽさに
少しうれしい気分になった。しかしあれでも妖獣、怒らすとどうなるか分からない。
と、ここで少し気になったが水飴買うのはいいが橙はお金もってるのだるうか?
俺はポケットの中を探ってみる。お札が1枚に小銭がいくらか入ってる感触を確かめ
大丈夫だろうとは思ったが
「橙、お金持ってるのか?」
「ん~、あ!持って・・・にゃい」
俺はあまりにも橙のテンションの浮き沈みが激しいので笑ってしまった。
「あはは・・・まぁ大丈夫だと・・・ハッ!」
そういえば外の世界、それも日本のお金で大丈夫なのだろうか?とりあえず感触的には
100円玉と50円玉、10円玉も何枚かある・・・一応銀貨だからそれなりの価値はありそうだが
しかし、橙は俺が大丈夫と言ってしまったのを聞いてテンションを上げて店に入ってしまった。
「いらっしゃい!お、橙ちゃん今日は藍さまは一緒じゃないのかね?」
「藍さまは向かいの豆腐屋さんにいるよ~おじちゃん水飴ちょーだい、水飴~」
「あいよ~、ほら・・・支払いはそこのお兄さんかい?」
と、店主は俺を見た・・・俺は
「すいません、俺、外から来てしまった人間なんです。お金・・・これで大丈夫?」
と、申し訳なくお金を差し出すと
「おお、外の世界か?そいつは珍しい!噂には聞いてたけど見たことはなかったんでな。
その金も見たことないぞ!なんだその穴が開いた銀貨は!?めずらしいな、こいつは縁起がいいや、それお代はいいよ」
俺はそれではなんだか申し訳ないので
「あ~、おじさん、その銀貨あげるよ。これと物々交換で許してくれないか?」
橙が早速水飴を舐めてるのを確かめて、俺は50円玉を3枚ほど差し出した。
「お!いいのかい?それは悪いね・・・ちょっと待ってな。」
と店主は何やら別の商品を差し出してきた。
「金平糖だ、持って行ってくれ。」
俺は申し訳ない気持ちもあったが慧音へのお土産にすることを考え遠慮なくもらうことにした。
「ありがとう・・・さて、橙行くぞ?」
「うん~、おじさんおいしい水飴ありがと~。それじゃね~」
「おうよ、藍さんによろしくな」
俺たちは店主に手を振って飴屋を後にした。しかし、こうして看板を見ると確かにひらがなで
『あめ』と書いてある。他の店を見ても『豆腐』や『傘』『さけ』などなんというか
それぞれ専門店になっている。なんでもそれっているようなコンビニやスーパーのような店はなさそうであった。
「あ、藍さま!ちょうど出てきたよ~」
目線を看板から前に向けると、あの素晴らしい尻尾が見えた。藍は豆腐屋の方を向いて何か声をかけていた。
「藍さま~~~」
橙が藍の方へ走っていくと藍も気づいたのかこちらを振り返る。向かいと行っても結構な広い通りである。
俺はゆっくり歩いて藍の方に向かった。橙は水飴を藍に見せながら何か話をしているようだ。藍は俺を見て
お辞儀をしていた。
「どうも、始めまして。外の世界から来たタモという者です」
俺は藍に恭しく自己紹介をした。やはり九尾の妖獣、神々しさが半端ない
「ああ、すまなかったな橙が迷惑をかけたようだ。・・・ところで」
藍は少し間をおいて、
「お前、外の世界の人間なんだろうが、帰りたくないのか?帰るなら早い方がいいぞ?」
「はぁ・・・それはまたなんで?」
「ここは幻想郷だ、外から見れば本当に不便で退屈な世界・・・だが一度そのぬるま湯に
漬かってしまうと戻れなくなるぞ?挙句、紫様に認められず、妖怪たちによって食されてしまう。
そういう人間が最近は多いんだ。中には適応しきってこっちに移り住んでる奴もいるようだがな」
ふむ・・・確かにこの世界は退屈だがどこか、理想郷に見える。まるで極楽浄土のような雰囲気を
醸し出していて俺は好きだった。が、紫に認められないと命が危ない。俺は・・・
「・・・・ここまで来て勿体無い・・・俺は永遠亭に行ってみたいんだが、それから考えるよ。」
「ふむ、そうか・・・まぁ好きにするとよい。ところでどうしてお前はここに来た?」
「永遠亭に行くのに必要な順路だから・・・慧音先生のところに行きたいんだ。」
「ぁあ、なるほど、それなら私が案内してやろう、ついてこい」
俺と藍の会話の横で橙はおいしそうに水飴を舐め続けていた。

~次回へ続く~