明日は、本当の命日。去年の17:55分、彼の息が目の前で止まった。
一昨日、ずっとそのままになっていた歯ブラシに聞いてみた。
その歯ブラシは2日前は、使ってた。
亡くなる前日はどうだったかな…使ったっけ…覚えていない…悲しい。
呼吸苦が進み、動けなくなったので、その日リビングに移動した介護ベッドで、自分で歯磨きしてた。丁寧にほっぺたを左右に交互にブクブクブクブクとさせてたっけ。いつものように。そのいつもはもう二度と訪れることなく、歯ブラシは、私が家族の歯ブラシ入れに立てたままずっと働くことなく、そこにいた。
彼の存在を歯ブラシに写して、ずっと「ここにいるよ」と言って側にいて欲しかったのは私だ。
彼はほんとはどうなのかな。歯ブラシやらなんやらかんやら、そのままにしておいて欲しいかな…
「家の中は生き生きしてた方がいいよ、お母さん。」
ようやく、そう言うんだろうなと感じた時、一周忌目前に動かしてみようかなと、歯ブラシがなんて言うか聞いてみたら歯ブラシは
「………」
何も言わないのだった。
ただの歯ブラシになっていた。
私は歯ブラシを捨てた。
そして、一緒に選んで一緒に出かけた、まだ新品同様の靴達も、捨てた。
靴箱がガランとなった。
歯ブラシ立てもポカンとした。
そこに何かを入れていくのは、私。
それを決めるのも私。
動かすこと、それは彼を生き生きとさせることなのかも。彼を思い出を生き生きと。
歯ブラシを捨てることで、歯ブラシに関する彼の思い出が、たくさんまた思い出されたように。
明日を前に、今日も少しものを動かしてみよう。
きっとまた、動けない時も来るだろうけれど。
