ふと思うことがある。
2001.9.11
テロが起きた時のこと。
当時俺は中1。
連日報道される事件の裏側の憶測。
現場ニューヨークの悲惨な映像。
なんとも思わなかった。
俺はマジでなんとも思わなかった。
学校の先生たちが深刻な顔をして事の重大さを教壇の前で話していた。
『そこまで騒ぐ程のことか?』
俺は素直にそう思った。
こんな言い方をすると不謹慎かもしれないが、ぶっちゃけ死んだ人の身内だけが悲しめば良いだけの話じゃあないのか?
いや、悲しみなんてコントロールするもんじゃあ、できるもんじゃないが。。。
でもメディアにしろなんにしろ大人たちは大袈裟だな、なんて思った。
『過剰だ』
なんの悲しみも感じなかった。
俺がふと思い出すのは、俺のそういった
『自分とは関係ない』
というシラケた人格だ。
俺は知らない人間が俺の知らないところで何人、どんな死に方をしようがどうとも思わない。
て、ゆーか思えない。
でも、だ。
俺はちょっとでも知ってるやつ(こっちが一方的に知ってるやつでも)に死なれたりすると、たとえどんなに嫌いなやつだったとしてもものすごく悲しくなる。
例えば金正日が亡くなったというニュースをテレビで知ったときも、俺は悲しくなった。
これって、この気持ちってなんなんだろう。。。
ま、そんなこんなをふと思うときがある。
特に意味は無いんだろうが、答えは出なくても真面目に考えることが良いんだと思う。
死は悲しい。
けど怒りではない。
俺はフェミニストだ。
話はとぶが、フェミニストだ。
女性に甘いという意味ではない。
女性を尊ぶべきだと心から思っている。
だから大事にできないやつを躊躇いなく殺せる。
殺せるは言い過ぎだけど、ホントそう。一番頭にくる。
だからレイプは一番の悪だと信じて疑わない。
口にしたり文字にするのもおぞましい程憎んでいる。
勿論暴力も反対。
俺は感情にまかせて人を殴ったりするようなやつに、それと同じ手で愛する人を抱きしめる資格なんてないと思うからだ。
・・・この記事で言いたかったのは、
『どんな事件でも自分には関係ないと思ってしまうとこがある』
ということと、
『それでもやはり事件が女性対象になることなら話は別で、例え知らない女性が対象でも感情移入するぐらいに考えてしまうとこがある』
ってこと。
かまではない