3.11 東日本大震災から今日で一年。
まず最初に、この震災で犠牲になられた方に、心から哀悼の意を奉げます。
去年のあの日、テレビの前で固まっていた。
生中継で伝えられる被災地と津波の様子。
映像の中で逃げまどう人や車を、そこに生きていた人々の痕跡を何もなかったかのように飲み込んでいく黒い黒い水の絨毯。
津波が収まり、画面に映し出された何もない水浸しの被災地。そして訪れる夜の闇と雪。
そしてテレビの前で、この絶望の中で少しでも多くの命が無事であることを祈り続けることしかできなかった自分。
また、私の住んでいる街でも異変は起きていた。
私の住んでいる地区の変電所が停止し翌朝未明まで停電。
あまりに大きな地震の不安から、我先にと食糧や生活用品をまとめ買いする人々の群れ。
オール電化な我が家は水道以外何も使えず、私と家族はノートパソコンのバッテリーだけを頼りにインターネットで情報を集めつつ、冷凍や生の食材の保護などの対応にドタバタ。
しかしこの時、我が家から15分ほど行った地区では変電所が別なため、街灯や建物に煌々と明かりがつき普段と変わらず送られる日常。
電気1つつかないだけで簡単に失われる日常、人々の良識・・・。
そして翌日電気が復旧したことで、テレビ越しに知る被災地の実情に、私は自身の無力さと己の小ささに打ちのめされた。
そして一年たった今日。私は何ができたのか?小額の募金や、スーパーにあると被災地への寄せ書きコーナーで応援メッセージの記入、東北産の食材や売り上げの一部が支援になる商品の購入程度しかできなかった。
正直自分を情けないと思う。もっと何かできたのではないだろうか?もっといい方法で支援の手を差し伸べることができたのでは・・・?
そしてだからこそ思う、1年経とうが10年経とうが完全に復興するまで、支援の輪を切ってはいけないこと。
そして私は・・・、
私たちは『日本』という地震大国に生きていること。
幾度の災害や困難に、手と手を取り合って乗り越えてきたことを忘れてはならない。
これを読む皆さん、私が言えた義理ではないが、どうか一年前の自分を思い出してほしいと思う。
そして今、自分に何ができるのか、何をしなければいけないのかをもう一度考えて欲しい。
これは、自分自身の在り方やこれからの未来を変化させるチャンスなんだと思う。
柄にもなく堅い文章だけど、これが私の、『3.11から一年』という節目のけじめと気持ちです。
不快になられたり、「なんだよつまんねー記事」と思われた方、ごめんなさい。
次回からは通常運転を予定してます。
(^ー^)ノシ
