千葉県から麻布十番のタワマン3◯階に引っ越して2週間ちょっと経ったある日



(ちょーど前回のブログを更新した数日後)


急に


わたしのメンタルが


お逝きになった。





正確には 急に ではなかった。

引っ越しの1ヶ月前には、自分の中の非常事態ランプが点滅していたのが見えてたけど


見て見ぬ振りの日々だった(そーするしかなかった)と、思われる。


振り返ると、ガソリンもなくぶっ壊れた車が、
ジブン、気合で走れるんで!走る人みたいな謎のノリで公共を走行してしまっていた様な状態だったと振り返る。


夫とのやりとり(喧嘩)が、マグマ許容範囲の最後の一滴となり


普段は、とても物静かで温厚な人柄(自分で言う)の私の火山が


大・噴・火した 🌋


夫と娘の前で
大絶叫の 
野郎の様な言葉遣いでガッチギレの
大号泣を、繰り広げ


出したことのない声量と
出したことのない汚い言葉遣いで
喋ると言うより、叫んでいた。


止めんじゃねーよ!
もう全部やなんだよ!!


そのままとにかく
家を出ようと試みたけど
夫に阻止された為


鍵付きの部屋に閉じこもり


夜、短かなラインから察した母が自宅に飛んでくるまで空っぽの放心状態で何時間も泣き続けた。


嗚呼、私の心は死んだんだな。と思った。


結婚してから(8年目)、家事も、育児も、
この心の状態では、いつもの通りには到底動けないと、判断したのは、初めての経験。


心の状態を理由に、家事、育児、何もできない。
って認めて、許せたのが初めてだった。


思考能力もさっぱりなくなったので、母親にその日は泊まってもらい、明日から私をどうするか夫と話して判断してもらって、翌日に実家に連れられて帰った。


それから、約1ヶ月が経った。


わたしはまだ千葉の実家で暮らしている💡


心療内科にも初めて行ってみた。


この1ヶ月、


自分の内側や本質を丁寧に見ながら


苦しみと、解放と、安堵、コロナに対する不安の中を漂う日々を送っている。


私は私をどう見てきたのか
私は私をどう扱ってきたのか
私は何が好きで、何が嫌いで
何に幸せを感じる人で
どうゆう過去を持ってて
どんなことをしてると癒されて
どんなことをしてたらストレスなのか
どんな不安や不満があって
誰にどうして欲しかったのか
自分のどうゆうところが嫌いなのか



わたしは、、、を主語にして
世間体も常識も、本気で取っ払った上での


私の本心と向き合っている。


周りに迷惑をかけてでも
わたし の望む事に、時間を割いてあげている。


今は


私がこんなになるまで、握り締めてきた
プライド、意地、過去、価値観、、、の
思い込みの人生への壮大なる降参のタイミングであり🏳



これから今を生きることや未来にも希望を持って生きるための
ワタシ再生の土台作りの様な時期に感じている。



コロナの非常事態と共に
わたしの人生も、今、大きく変化している。


最近は、朝に瞑想やストレッチを取り入れてみたり

自宅に一泊しに戻ってみたり

実家の家事をしてみたり

リハビリ感覚でゆっくり心を立て直している