菅元総理の訴訟提起から名誉棄損裁判を考える | 福岡の弁護士 矢口耕太郎のブログ

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こんにちは!弁護士の矢口です。

今日のニュースで、「菅直人元首相が、安倍晋三首相の『菅総理の海水注入指示はでっち上げ』と題したメールマガジン配信と現在もネット上で掲載しているのは名誉毀損(きそん)だとして、安倍首相に対して訴訟を提起した」

との報道がありましたね。

政治家が政治家に対して名誉棄損で裁判所に訴えるというのは私自身は聞いたことがありませんが
これをきっかけにして「名誉棄損」の裁判について少し考えてみましょう。


「菅総理の海水注入指示はでっち上げ」との記事を名誉棄損と主張して、仮に数百万円の慰謝料と削除と謝罪を求めた場合、裁判ではどんなことが問題となってくるでしょうか??

まず問題となってくるのは、
①そもそも本当に安部総理のメルマガでの表現が「名誉棄損」なのか??
が問題となります。

これはその表現が「人の社会的評価を低下させるかどうか」を基準に判断します。

「海水注入指示はでっちあげ」という言葉は何となく菅元総理が嘘つきという印象を感じますから、社会的評価を下げることになりそうですね。

次に問題となるのは
②安倍総理のメルマガ配信の目的が公益目的といえるか


③「海水注入指示はでっちあげ」ということについて安倍総理サイドで真実であることの証明ができるか
です。


この要件は、最高裁判所の昭和41年6月23日と昭和58年10月20日の判決で
「事実を摘示して他人の名誉を棄損する場合であっても、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら交易を図ることにあった場合において、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったとき」には不法行為が成立しないとされているので、②と③が問題となってきます。

これについてみますと
②「海水注入指示はでっちあげ」のメルマガは、安倍総理の政治家としてのメルマガですから、公益目的は認められそうですね。

問題は③真実の証明ができるかということですが、これは今ある資料ではわかりません。「菅総理の海水注入指示は嘘だった」ということが真実であることを証明できるかどうかが問題となってきます。

ただし、安倍総理サイドで真実であることが証明できない場合でもさらに
④安倍総理が「海水注入指示はでっちあげ」であることを真実と信じたことについて相当の理由があるか否か

が問題となってきます。

これは先ほどの最高裁判所の判決で追加で
「証明がなくても、行為者において上記事実の重要な部分が真実であると信じたことについて相当な理由があれば、その故意または過失が否定され、不法行為が成立しない」とされているためです。

実際の裁判では、この要件で不法行為が成立しないとされているのも多くあります。

今回の東電の報道資料などを見ていますと、何となく証明できない場合でも真実と信じる相当な理由について認定されるんじゃないかなあと私自身は推測していますが

安倍総理がどういった過程をたどって「海水注入指示はでっち上げ」と考えたかが焦点になってくると思います。
重要証拠は東電の資料になりそうですね。

訴状や証拠を菅氏はアップするそうなので、見てみたいですね。


名誉棄損の裁判は、政治関係の発言において身の潔白を主張するのにはあまり向いていません。なぜなら、仮に真実の証明をできなくてもそれを信じる相当な理由さえあれば請求は棄却されてしまうからです。

今回の件について菅氏はブログにおいて
「安倍総理自身が当時すでに総理経験者であり、虚偽情報に基づいて私に対し総理の辞任まで要求していたことを考えて、あえて、提訴に踏み切りました。」
としています。

私自身は政治家同士の非難合戦は
基本的に自分の反論によるべきであって、特にその討論の場は裁判所じゃなくて国会でやるべきだと思います。

仮に「虚偽情報に基づいて私に対し総理の辞任まで要求していた」のであれば、なぜ菅氏も同じ論理で総理の辞任を要求しないのか。

また、もし今回のことが認められると
政治家の非難合戦に裁判所が使われた結果として、政治家の表現活動に対する圧力としてこれから裁判が使われるんじゃないかという危惧があります。

政治家には、ぜひ自分自身の発言で勝負してほしいと思います!