新しい職場になって数か月。

慣れない中で、新人の研修を行うことに。

大体は講演をお願いしていたので聞いているくらいであったが、グループワークの進行なんかをやらなければならない羽目に。

そんなんできるわけなかろうて。

 

そんな言い訳は許されず、グループの一つを任されることに。

折り畳み式の机を4つ、四角く配置し、6人のグループでいざ開始。

内訳は各グループに女性が1~2人ずつ。

僕の担当するグループにも、僕の対面に女性が1人。

 

「それでは開始してください」

 

総合司会の合図でグループワーク開始。

 

「それでは、このグループの進行を務めますtktnです。よろしくお願いしまなんかスカート短くない?」

 

四角に配置された4つの机……。

中央にできた空間……。

この状況が指し示すことは……ひとつ。

 

対面に座った人の下半身が丸見えなんだけど。

スカートの丈が膝より上なんだけど!

ちょっと目線下げたら見えるんだけど!

何がとは言いませんがね!

 

周りを見渡すと、パンツスタイルやひざ下までのスカートの方ばかり。

そんなもんだよね。

 

動揺してはいけない。

動揺してなどいない。

 

「それでは、事前に課題を出していたと思いますので、それを○○さんから時計回りで発表していただきます。1人3分以内でお願いしまってまって、足開かないで。見えちゃうって!」

発表が進む中、足が緩く開いていく。

スカートも少しづつ上に上がっていく。

 

それはさながら、異界への門戸が開くように。

ゆっくりと重々しく。

その先に待つのは……。

 

「はい、ありがとうございました。そうですね。よい発表だったと思います」

…………え? 聞いてたよ。ちゃんと聞いてたよ。

まあ、よくあれだけど聞いてたよ。

さあ、次の発表を聞こうじゃないか。

変なことに気を取られている場合ではない。

 

「では次の方に参りまストップ! もうちょっと閉じて!」

 

門戸はすでに半分近くまで解放されつつある。

漆黒のその道は更なる深い闇へと続いている。

その先に待つのは……、深淵である。

 

僕の目は深淵に吸い込まれそうになる。

僕はそれをギリギリで耐えている。

 

開放が進む状況。

注意したい僕の心情。

したらしたで「セ●ハラ!」と言われてしまうこの現状!

 

下手なラップがぐるぐる回り出しながらも、僕は進行を続ける。

 

「はい、発表ありがとうございました。もうちょっとこんなことも聞けるとよかったかもね」

もっともらしいことを言ってやがるな、とわかるほどもっともらしいことを言って次へ。

 

「では、次は○○さんお願いしもうダメだって。僕は上だけ向いて生きていく」

 

次の発表は当の女性。視線を向けて話さざるを得ない。

視線を少しでも下げれば、何がとは言わないが見えてしまう。

だってもう8割がた……。

 

「はい、では発表させていただきます」

 

背筋を伸ばして姿勢を正した彼女は、スッと足を閉じた。

と同時に、僕は何者かから解放された。

おそらく、深淵という名の何かから。

 

「こちらが深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」と哲学者ニーチェは言った。

僕が深淵をのぞこうとしていたわけではない。深淵が僕をのぞこうとしていたのだ。

僕はそれに打ち勝ち、何かを守ることができたのだ。

 

「そっちのグループはどうだった?」

終了後、主任から声を掛けられる。

「そうですね、スムーズにできていたと思います」

実際よくは覚えていない。

 

これは、僕がダメダメな進行を務めた話ではない。

強大な闇に挑みし勇者の壮大な物語である。