2014年2月の映画鑑賞記録


【劇場/新作】
[邦画]
『神奈川芸術大学映像学科研究室』
『ヌイグルマーZ』
『土竜の唄 潜入捜査官REIJI』
『地球防衛未亡人』
『赤×ピンク』

[洋画]
なし

【劇場/名画座】
『独裁者』(「チャップリン特集」@池袋新文芸坐)

【DVD】
『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』
『ミッションインポッシブルIII』
『シャンドライの恋』


・総評
急に仕事のほうが忙しくなって生活のリズムが変わったため、一気に鑑賞本数が減りました。DVDの上2作は、それぞれ永井一郎とフィリップ・シーモア・ホフマンの追悼鑑賞です。ああ、早く『カポーティ』観ないと…。

※ 『キネマ旬報』3月上旬号「読者の映画評」1次選考通過


映画とは、いくつもの嘘を重ねあわせた集合体である。そして映画ファンとは、そんな「嘘を愛しすぎてる」人たちである。

 さて、本作には2種類の嘘が存在する。ひとつは、主人公のアキがヒロインのリコに対してつく、物語上の嘘。もうひとつは、あらゆる映画がそうであるように、創り手が観客に対してつく嘘である。本作は、この嘘のつき方において、作品の面白さとは別に問題をはらんでいる。

 アキがリコにつく嘘は大きく2つあり、まずは出会ってすぐの「俺は歌が嫌い」という嘘。人気バンドの作詞作曲を手がけていることを隠し、素の自分を好きになってほしいという男のエゴからくる嘘だ。もう一つは物語後半で「お前のことなんか全く好きじゃなかった」とリコを突き放す嘘。彼女のためを思ってとはいえ、別れを演出するための嘘である。このどちらの嘘も、アキを悲しませており、また、その後の「アキが真実を知ったとき」に物語は大きく前進している。一貫して嘘はよくないこととして扱われている。

 一方、創り手が観客につく嘘のひとつとして、路上ライブをしていた女子高生のリコが大手レコード会社にスカウトされて即デビューというやや強引な展開がある。スカウトされるほどの歌声力はあるのだが、気になるのは周囲である。この展開でもっとも関わってくるのは親と学校だが、どちらも画面上には存在しているものの、ストーリーとは無関係に配置されている。

 嘘をつくのがヘタ、というのとは違う。もしそうならば、親や学校がリコの歌手デビューに関して何らかの言及をするシーンを入れるなど、ヘタなりに嘘を本当っぽく見せる工作をするはずだが、その痕すらない。ハナから本気で観客を騙す気がないのだ。

 この2種類の嘘の扱いから想像するに、創り手が嘘をつくことに罪悪感を持っているのではないかと思われる。嘘はいけない、悪である、と。その認識をしてしまった時点で、映画としての魅力は半減してしまうのだが。

 すてきな嘘が、人をしあわせにする嘘が、世界を救う嘘があることを、「嘘を愛しすぎてる」映画ファンたちは知っている。

大原櫻子

大きく芸能ニュースにもなっていたが、「テレフォンショッキング」に萩本欽一が出ていた。『笑っていいとも』は初出演だそうだ。

ボク(33歳)は、全盛期の欽ちゃんをリアルタイムで知らない。子供の頃は、『仮装大賞』の人、という認識であった。長野五輪の閉会式も、茨城ゴールデンゴールズの監督も、『24時間テレビ』のマラソンも、欽ちゃんの何たるかをきちんと理解しないまま見ていたため、正しく受け止めた自信はない。少し前のテレ朝の特番で爆笑問題の太田が「さんまもたけしも、欽ちゃんを否定することでのし上がった」といったニュアンスのことを言っていたが、この辺りも言われて初めて「そうだったのか」と思ってしまうレベルである。かつて欽ちゃんが芸人の頂点にいたことは、事実として知っているが、「衰えた欽ちゃん」しか知らないボクには実感できない。

今回の「テレフォンショッキング」で、欽ちゃんが披露したトークは、「30年以上前、自宅にタモリが突然訪ねてきた時のこと」「ピンマイクを初めてTVで使ったという逸話の、本当のところ」「SMAP草彅剛が、最初はCHA-CHAに入る予定だった秘話」などであった。いずれも興味深く、普通に喋れば面白くなる素材であった。しかし、実際は面白くなかった。これはひとえに、欽ちゃんの力量不足である。72歳という年齢からくる衰えもあるだろうし、昨今のフリートーク全盛のバラエティ番組によって鍛えられた若手・中堅の芸人による高レベルなトーク技術と比べるのも酷ではあるが、そもそも欽ちゃんは、フリートークが得意じゃないのではないか。

例えば草彅の秘話がアルタの客に思いのほか無反応だったのは、「CHA-CHAとは何であり、欽ちゃんとはどういう関係か」という説明をちゃんとしなかったからである。アルタの客は、見る限り20代の女性がメインの客層だと思うが、もうCHA-CHAは知らないだろう。欽ちゃんは、そのことに気づかない。ピンマイクの話の中盤のオチである「外国で使っていたピンマイクを見て、日本でも使おうよと提案したら、実は日本製だった」というのも、欽ちゃんがオチのつもりで言った発言から内容を理解するまで数秒かかった。その間に話は先に進んでるし。素材が良くてもしゃべりの技術ひとつでトークは面白くもつまらなくもなる。フリートークってのも、やっぱりプロの技術なんだなあと改めて思った次第。

それより気になったのは、欽ちゃんは2度も主導権をタモリに渡したことである。渡したというか、主導権を無理やりに押し付けていた。自宅に訪ねてきた話は、まずタモリに語らせたし、途中から草彅が参加したら「あんたから、聞いてよ」と聞き手をタモリに任せていた。欽ちゃんは、自らが作った舞台の上で自らの思い通りに周りを動かすことでやってきた人である。他人の舞台では、その主に主導権を委ねるのが正しいと思い込んでいるのだろうか。それにしても、「あんたが代わりに喋ってよ」は偉そうなだけにしか見えないが。ゲストという自分の立ち位置をちゃんと理解していたら、できないだろう。根本的に空気が読めない人なのかも。

あと、この日は「いいとも新レギュラー」の石橋貴明が2度目の出演をしていた。登場毎に場を壊しまくる木梨憲武に対抗して、石橋はスタジオの隅で大人しくして、コーナーにも真面目に参加する、という作戦のようだ。これは本来なら有効で、「『笑っていいとも』という空間に、あの石橋が」という時空を歪ませる異物のような存在感が面白さにつながるはずだが、なぜかそうなっていない。本当にアルタの場に馴染んでしまって、劇団ひとりや木下優樹菜と同列に並んでいても違和感がないのだ。とんねるずって、そういう予定調和な空間を壊すことでここまでのし上がってきたのに。まあ、空気を読んで周りと歩長を合わせることができるということは、「石橋が成長した」とも言えるんだけど。それにしても石橋貴明、『いいとも』生放送でも『増刊号』でも、基本的にふられた時しか喋らないし、面白いことひとつも言わないし、なんか期待していたぶん、がっかりである。とにかく現状では、とんねるず=木梨なのはたしか。

欽ちゃんは空気を読むことができず、石橋貴明は空気を読みすぎている。真逆ではあるが、かつて隆盛を極めた芸人が残念なことになっているという点では同じ。


萩本欽一

予告を見たときは、また太田光劇場が開演されるのかと誰しもが思っただろうが、実際はそんなことはなかった。去年の『27時間テレビ』の深夜で、今回と似たような司会者クラスの芸人が勢揃いしたとき(もちろんフジのほうがさらに豪華なメンツだったけど)、明石家さんまが太田に向かって「お前は人がたくさんいるとはしゃぐ癖がある」と言っていて、そのとおりメチャクチャにしていた。そんないつものヤツが、また見られると思ったんだがなあ。まあ、今回は収録だし。

番組内容を説明すると、テレ朝のバラエティで司会を務める中堅どころの芸人が「夢の共演」という名目で集まってのトーク特番である。メンツは、爆笑問題、さまぁ~ず、ネプチューン、雨上がり決死隊、ココリコ、ロンドンブーツ1号2号、タカアンドトシ、千原ジュニア、有吉弘行。『ミラクル9』『シルシルミシル』のくりぃむしちゅーは参加せず、VTRでもトークでも全く触れられていなかった。5時間半の番組は1部と2部に別れていて、1部は爆笑、ココリコ、ロンブー、有吉のみでテレ朝の過去のバラエティをVTRで振り返る企画。2部は裏番組の関係で爆笑田中以外を除く全員が揃い、スタッフからの評判やお互いをどう思っているかのトーク企画であった。

テレビ局ごとの違いを指摘して突っ込むのも時代遅れだろうけど、今回の特番はちょっと前のダメなテレ朝っぽかったなあ。企画自体がフジや日テレで散々やってきたことのマネなのは別にいい。VTRによる過去のバラエティ番組の振り返りにしても、テレ朝だって『欽ドン』など芸能史として貴重な映像資料を膨大に持っているわけである。特番を組んで大々的に披露するのも大歓迎だが、その出し方が下手なのだ。一応テーマごとなのだが「あの大物が出演」というくくりで、長嶋茂雄、三浦知良に続けて小柳ルミ子・大澄賢也夫妻(当時)って。いや、2人が踊りながら料理する映像は面白いけど、出すタイミングがおかしいだろ。そのあとに「『炎のチャレンジャー』のイライラ棒に挑戦する森高千里」って。大物かどうかも微妙だが、少なくとも、あえてわざわざ紹介するほどバラエティに出ないイメージの人ではない。

統一性もなくいろんな過去のバラエティ番組の1シーンをちょこっとつまんで並べているだけなのだ。しかも「名シーン」とはいえないようなところばっか。普通に番組を一つづつ順番に紹介するのではダメだったのだろうか。ウンナン、ダウンタウン、あとジャニーズとか、権利絡みで顔出しの映像が使えないのをごまかしかったのか。それならそれで別の方法もあるのに、そのへんをフジや日テレから学ぶことはしないのか。あと、スタジオにいるメンバーで欽ちゃんやデンセンマンについて語れるのが太田だけってのももどかしい(相方の田中はお笑いにあまり詳しくなく、あとのメンバーは物心ついていない)。

まあでも1部はまだ良かったのである。問題は2部の後半。芸人がほかの芸人をどう思っているかを発表し、それについてのトークをするというコーナー。バラエティでの所作を同業者から褒められることで、半強制的に「なぜ自分がバラエティでそういう行為をしているか」を語らざるを得なくなっている。この構造がマズい。タカアンドトシのタカから「思ったことを何でも言うのがすごい」と褒められた太田が必然の流れのように「ボケまくる理由」を喋ってしまう。それTVで言うのは自殺行為だ。いや、誘導されて喋らされているんだから他殺か。殺しているのはテレ朝だ。

太田がボケまくるのは「干されていたときに、黙っていたら消えてしまうと思い、とにかく前に出るって決めた」かららしい。そういうの言っていいのは雑誌かラジオだろう。太田のこの発言と、ネプチューン堀内健が、自分がバラエティで暴走している時に「どよーんとした空気になっちゃう」と言っていて、「そういうの、感じない人かと思っていた」って言われていたのは、特にマズかった。今回の出演者は、テレ朝にとって重要な人たちなのに、なぜ殺そうとするのか。

太田光

 

2014年1月の映画鑑賞記録


【劇場/新作】
[邦画]
『Wake Up Girls! 七人のアイドル』
『TRICK劇場版 ラストステージ』
『ジャッジ!』
『HO~欲望の爪痕~』
『ほとりの朔子』
『おー!まい!ごっど! 神様からの贈り物』
『華魂』
『黒執事』
『御手洗薫の愛と死』

[洋画]
『フォスター卿の建築術』
『マイヤーリング』
『ROOM237』

【劇場/名画座】
『3-4x10月』(「ふたりぼっちの物語」@神保町シアター)

【DVD】
『バベットの晩餐会』
『桜姫』


・総評
割と忙しかったのと後半に風邪を引いたのもあって、こんなもん。それにしても洋画は邪道なのばっか。
来週から池袋の新文芸坐でチャップリン特集があって、1本くらい観たい。時間的に厳しいのだが。
とんねるずは「既に終わった」と言われて久しい。もう10年以上昔から言われている。でも、定期的に小さなムーブメントを起こしてるんだけど。最近だと「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」とか「男気ジャンケン」とか。なかなかしぶとい。また、とんねるずが以前から可愛がっていたバナナマン、おぎやはぎ、有吉弘行らが今のバラエティを席巻している現状も無視してはいけない。

とんねるずが『笑っていいとも』のレギュラーになると聞いて、「フジテレビからの功労賞」かと、真っ先に感じた。「かつてフジの繁栄に貢献してくれたご褒美」みたいなもん。フジ側にとっては、もしかしたら「餞別」くらいの気持ちかもしれない。「既に終わった」という世間のイメージに引っ張られて、そう感じてしまったのだろう。しかし本人たちはそう思ってないだろうなあ、とも感じたが。

とんねるずの芸風を表す単語はいくつかある。「体育会系」とか「業界内輪ネタ」とか。そんな中で最もとんねるずの芸風の根幹をなすのが「場を壊す」ではないか。バラエティにおいて本来の企画内容を無視したり、その場の思いつきでルールを変えたりするのは毎度のことだ。クイズの答を先に言ったり、クイズ正解者のために用意された料理を勝手に食べたりとか、企画そのものをぶっ潰すこともしょっちゅうである。

さて、レギュラーとして初出演であった1月23日の『笑っていいとも』で、木梨憲武はワイヤーに吊るされてスタジオの天井からサプライズ登場し、鶴瓶の首を絞めた。登場時のインパクトは別にして、とりあえずこの日は「場を壊す」とは言えないほど控えめではあったが、なにかしでかしそうな空気はずっと出していた。この空気が、『笑っていいとも』と化学反応を起こしそうである。

というのも、ここ最近の『笑っていいとも』で、タモリが吹っ切れているのをよく見るのである。別の日だが、「クイズ正解者のために用意された料理を勝手に食べる」という、まさにとんねるずみたいなことをやったりしていた。もしもタモリととんねるずが同じ方向に暴走しだしたら…。もしもそれに太田光が乗っかったら…。とんねるず大復活の序曲かもしれない。

とにかく、レギュラー本数だとか視聴率だとかを安易にあげつらったりするなどして、とんねるずを甘く見ていると痛い目にあうと思う。特に木梨憲武は要注意だ。割とわかりやすい暴れん坊の石橋貴明を制御する役回りによって、マトモな人間であると見せかけているが、実際に場を壊すのは木梨のほうが圧倒的に多いのだから。木梨、目が笑ってないし。

木梨憲武

 

やしきたかじん 
やしきたかじん


歌手、司会者。1986年に発売した『やっぱ好きやねん』が大ヒット。『たかじんのそこまで言って委員会』などの司会を務め、「関西の視聴率男」と呼ばれた。2014/1/3 死去 享年・64 



小野田寛郎  
小野田寛郎


元陸軍少尉。第2次対戦が続いていると信じ、フィリピンのジャングルで29年間隠れていた。1974年に帰国し、大きな話題となった。2014/1/16 死去 享年・91 



佐久間正英  
佐久間正英


ミュージシャン、音楽プロデューサー。「四人囃子」「PLASTICS」のメンバーとして活動。プロデューサーとして「BOOWY」「GLAY」「JUDY AND MARY」などを手がけた。2014/1/16 死去 享年・61 



高橋昌也  
高橋昌也


役者、演出家。1953年に劇団俳優座『襤褸と宝石』で主役デビュー。舞台『榎本武揚』や映画『女の一生』などに出演。演出家としては黒柳徹子の舞台などを手がけた。2014/1/16 死去。享年・83 



いつものように、板野友美がTV番組出演時で言っていた発言が、ネット上でニュースとして扱われていた。いつものように、発言のニュアンスや番組内の空気など無視され、書き手の都合のいいように歪曲されていた。それにしても、「TVの内容をそのまま記事にする」という手法は、一般人にとっては「情報源」と「できあがった記事」の両方を確認することができるため、ニュース記事はこうやって作られているのか、ということまでわかってしまう。こんなこと続けてると、芸能ならまだしも、(一般人が「情報源」を確認できないような)政治や犯罪の記事も同じように事実を歪曲してるんじゃないかと思われちゃうぞ。

さて、AKB48については何か意見を言っても、褒めようが貶そうが「秋元康の思うツボ」というところに持っていかれてしまうわけである。ブームを超えて一般常識というレベルまで到達しつつある現状、積極的に何か言う気にならない。ただ、これからバラエティにおいて「元AKB48の有名メンバー」という新しいジャンルが発生するはずであり、その件については少し気になる。いや、大島麻衣など「元AKB48」はすでにバラエティで目にするが、まだ一大ブームになる前に抜けた人たちであり、彼女たちは元グラドル程度の認識しかされていない。ファンでもなんでもない人ですら顔と名前を把握しているAKB48メンバーが卒業し始めたのは、ここ最近だ。あと、指原莉乃とか系列グループに移っただけの人は、今回は「元AKB48」に含めないことにします。ややこしくなるので。

昨年末あたりから板野友美をバラエティ番組で何度か見た。何かしらコメントをする役回りでのキャスティングが多かった。で、ニュースにもなった『行列のできる法律相談所』でもそうだったのだが、番組中での発言が異常に少ないのである。生放送ではない場合は編集が入るので、「使えるコメント」が少なく大幅にカットされているのだろう。ニュースで大きく扱われた「なんで敦子なんだろう」発言も、台本通りに司会から振られて、頑張って覚えたことを喋っている感じがした。発言を「板野友美の本心」だとしていた記事もあったけど、客観的に見て違うだろう。

前田敦子が女優業に軸足をおいたため、バラエティに最初に出てきた「元AKB48の有名メンバー」は板野友美になっている。なぜかあんまり篠田麻里子は見ないし。AKB48に限らず、グループに所属する人はほかのメンバーとの比較で相対的にキャラづけをされる。で、グループ在籍時の板野友美の最大のキャラって「AKB48らしくない」だったと思うのだ。何をもって「AKB48らしい」のかは難しいが、ひとり浮いていたのは確か。それは悪いことではなく、ファン以外の人の認知度が高いのも「AKB48らしくない」からこそ目立っていたためであろう。仏頂面も、愛想のないコメントも、周りに比較対象となるほかのメンバーがいたからこそキャラとして成立したのだ。卒業してひとりになった今、それらを武器にするには、相当な技術を要する。

最初にしては厄介な物件である。それにしても、『行列』で一緒に出演していた前田健太(広島カープの投手)よりトークが巧くないのは、さすがにどうかと思うが。

板野友美

 

※ twitterより転載

【邦画】『ジャッジ!』
エンタテインメントの基本を全て高いレベルでクリアした完璧な作品。ダメ主人公は成長するし、正義は勝つし、知恵を使って想いを達成するし、何より全編に渡って高揚感が途絶えない。北川景子のギャンブル好きなど、登場人物のキャラも物語に絡むように設定されている。前半はおなじみの役者を揃えて軽妙なタッチで物語に没入させ、中盤以降の海外パートでは本物の外国人を揃えて笑いも感動も物語から生み出す。海外シーンが本当に海外に見える邦画って、最近では珍しい。改めてストーリーを振り返ると、構成上カットできるシーンがほとんどないのも見事。79点


【邦画】『HO ~欲望の爪痕~』
公開翌日の映画館には普段は見かけないタイプの方がたくさんいた。批判めいたことを言うとボクも拉致され薬漬けにされるかもしれない。とは言え、アンダーグラウンドとは無縁の人生を送るボクにとっても「知らなかったこと」はひとつもない極めて穏当な作品。後半のショッキングだが支離滅裂な展開は、下手な嘘だってすぐわかるし。震災を半端に絡めたことで「渋谷の闇」にブレが出ているが、もし震災後の日本に対する批評的な視線がメインテーマだとしたら、もうちょっと勉強してほしい。最後に流れるヒップホップの歌詞も、どうかと思います。51点


【邦画/アニメ】『Wake Up Girls! 七人のアイドル』
予備知識なしで観たら、TVアニメの第1話みたい。つまり物語の導入のみで、これ単体では本来は評価不能。仙台で女の子を集めてアイドルを結成する話だが、2013年にしては地方アイドルに対する作中の認識がズレている。現実のアイドル事情から周回遅れの設定が痛々しく、セリフのひとつひとつがありえない。小さな会場に飛び入り参加したところで予定外のアンコールを受け、主人公の男マネージャーの「俺とWake Up Girls!の明日はどっちだ?」という心の声で映画終了。こっちが恥ずかしい。41点


【洋画】『マイヤーリング』
夫婦だったオードリー・ヘップバーンとメル・ファーラーが主演の、1957年にアメリカで放送された生放送ドラマ。このたび映像が発見され、劇場公開とあいなった。1957年は『昼下がりの情事』『パリの恋人』が公開された年で、すでにオードリーは大スター。映像史として貴重であり、アメリカの生ドラマが2014年にスクリーンにかかること自体を喜ぶべき。あまり生っぽくないのは役者を含めた製作者たちの努力の賜物か。内容なんてどうでもいいことではあるが、メル・ファーラーのいかにも心中を選びそうな顔には時代を超えた普遍性がある。56点


【ドラマ/単発】『相棒season12 元日スペシャル』
なんと初回放送から14年目に突入したテレビ朝日のキラーコンテンツの正月特別版。謎解きよりもアクションをメインにしてると思わせつつ、ほんの数秒のシーンで主人公サイドの動きをチラ見せする手法は熟練の域に達している。ただ気になるのは、社会にはびこる諸問題(今回だったら生活保護)を特定の個人に収束させるという、ある種の擬人化。悪である個人(しかも今回は狂人でもあった)を失脚させることで社会問題が解決するという見せ方は昔からあるとはいえ、もはや今の日本では成り立たないのではないか。62点


【漫画】押見修造『悪の華』10巻
ページをめくった先にどんな悲劇が起こるか想像するだけで恐ろしくなり、なかなか読み進められない。10巻では主人公の春日が、物語上は脇役だった木下さんと再会。彼女は主人公の衝動に巻き込まれることで、「町に閉じ込められている」という現状を自覚するに至る。春日の内面的葛藤が、関わる全ての人間を狂わせる。現恋人の常盤さんも春日の内側に足を踏み入れ始めている。なお、思春期の葛藤に親の存在が大きく関わってくるのは当然のはずだが、これまで多くの同系統の作品がこの点を避けていた。この親の存在も生々しいが、目を背けてはいけない。75点