長女が学校に行けなくなったのは中2の春
不安定で次から次からおこる娘の変化を理解できず、どうしていいかもわからず、一番つらかった。
不安定で次から次からおこる娘の変化を理解できず、どうしていいかもわからず、一番つらかった。
行きたい気持ちと行けない気持ちに挟まれて長女の心が一番ボロボロだった。
娘は自分の足をバシバシ叩いていた。
夜中に寝ながら泣き喚いていた。
夏休みも部活があるため、ほぼ毎日登校しないといけないのに、行けたり行けなかったり。
夏休みに長女がブタのあみぐるみを作りました。
手のひらサイズの大きさです。
家の中でもお風呂に入るときは脱衣所に置いていたし、食事する時はテーブルの上に置いていました。
とにかくどこに行くにも持っていて、登校するときに忘れるととりに戻っていました。
娘にとって支えのようなもの。
お守り的なもの。
中2の冬から部活だけの登校になり、昼間はずっと家にいるようになり、中3になっても何も変わらずでした。
2年生の時は受けていた定期試験も受けず、運動会も参加せず、就学旅行も行かず…
中3の5月ごろ、不登校児の登校支援をする団体の方と面談したとき
そのぶーちゃんの話をしたら
面談された方は
「中学生にもなって、ぶーちゃんじゃないですよね。幼児化していますよね」
たしかにそうなんだけど・・・・。
中3の5月ごろ、不登校児の登校支援をする団体の方と面談したとき
そのぶーちゃんの話をしたら
面談された方は
「中学生にもなって、ぶーちゃんじゃないですよね。幼児化していますよね」
たしかにそうなんだけど・・・・。
なんかその物言いがとても引っかかって、他にもちょっと難しいところもあって、その団体の支援は受けなかった。
このまま卒業するのかも…と私は思い出していた。
通信制高校のパンフを取り寄せたりしていた。
娘は相変わらずいつもぶーちゃんを持っていた。
時々見当たらなくなると大騒ぎだった。
綿がヘタって、潰れてきたら糸を解いて詰め直したり、汚れると洗ったりしてた。
そして中3の二学期から突然再登校をはじめた。
私はなんだかわからないけど、小躍りする気持を抑えて、見守った。
ぶーちゃんも一緒に登校していた。
受験も一緒だった。
高校に行くようになってもぶーちゃんは一緒だった。
食卓にもいたし、脱衣室にもいた。
私はぶーちゃんに関しては肯定も否定もしなかった。一緒になって「大事なぶーちゃん」的な扱いはしなかった。
かと言って「こんなのいつまで持ってるの」とも言わないようにしていた。
ふと気がついたんだけど、
最近見かけなくなった。
最近見ないけどぶーちゃんはどうしたの?
と娘に聞いた。
娘はニヤッと笑った。
ベッドでゾウ(他のぬいぐるみ)と寝てる
今の娘はぶーちゃんを必要としなくなったんだね。
娘は成長したんだ。
又必要になるかもしれない。
このままいらないかもしれない。
とりあえずお疲れ様、ぶーちゃん。
ゆっくりベッドで寝ててね。