個展「北に降り立つもの」スライドショー
今年3月に開催した個展「北に降り立つもの」の画像をスライドショーでアップしました。
Picasa(こちらの方が画質が良いです)
Picasaが見られない場合 flickr
写真展の詳細は以下の通りです。
知床を中心とする雪に覆われた白い風景のシリーズと、ハワイ島キラウエア火山で撮影された溶岩原の黒い風景シリーズを対比させた構成。
1150mm×840mmの3点を含むアクリルマウントの19点を展示。
展覧会タイトル:
「北に降り立つもの」 三浦哲也 写真展
見慣れてしまった「知床の景色」から、不意に「見えるもの」の側に「風景」が降臨する瞬間を求めて、 雪に覆われ、白さによって削ぎ落とされた大地の表面に四駆を走らせる。
会期:2009年3月10日~3月22日まで
会場:ギャラリーコスモス
東京都目黒区下目黒3-1-22 谷本ビル3F
マーク・ロスコ展を見に行った
(前回の続き)
九十九里でシャツを着て向かった先は、佐倉市にある川村記念美術館。
「マーク・ロスコ 瞑想する絵画」展を見に行くためだ。
大日本印刷が所有するこの美術館のコレクションの質は世界に誇るべきものである。
特にマーク・ロスコとフランク・ステラのコレクションが、その重要度、数から言っても断トツで、次いでモーリス・ルイスやバーネット・ニューマンなど抽象
表現主義の厚みのある作品群、さらに近代の作品でも藤田嗣治、ブランクーシ、ボナールなどの一流の作品を常設展示している。ビッグネームの二流作品のコレ
クションが多い日本の美術館の中にあって、ここのコレクションの質は極めて高い。
さて、今回のマーク・ロスコ展は、1970年にロスコがシーグラム壁画を寄贈したロンドンのテートギャラリーから重要な作品が来ているという触れ込
みで、それは事実なのだが、実際に見てみると、ワシントン・ナショナルギャラリーから来ていた作品の存在が重要であることに気づく。
得に、川村コレクションの2枚の大作と連作である1点がワシントン・ナショナルギャラリーから貸し出されていて、その同じサイズ(約
H266×W455)かつ同じ色調で微妙に差異のある3枚が、約6cmの間隔で床から150cm位の同じ高さに並べて架けられている壁面が圧巻だった。
その3枚の中では比較的脇役を演ずるワシントンの作品が左にあることにより、普段見ていた他の2枚がより魅力を増している。なにより、幅14m近い
3枚の深いブラウンワインレッドの色面が目の前に出現し、その正面のソファから見上げると、絵画でしか表せない、ことばの世界には存在しない感情に包み込
まれ、自分がその中に融解していくようだ。
中央の作品では鮮やかなバーミリオンが、それを覆いつぶすように塗り重ねられたブラウンの縁から皆既日食のように覗いている。
右の作品は、艶のない微かにグリーン味の黒が刷毛でぼかされた形象が、作品に土俗性を取り入れている。
特にこのシーグラム絵画は土を連想させるブラウン系の色調のせいもあり、ロスコの作品の中でもこの土俗性を感じさせることに気がついた。
50年代にアメリカに出現した抽象表現主義の画家であるジャクソン・ポロックやクリフォード・スティルは言うに及ばず、バーネットニューマンの一見
シャープに色彩構成のように塗り分けられた色面の境目にある、絵の具が白いキャンバス地へ染み出す滲みの部分にも、同じ土俗性を感じるのだ。
ある割合で配合されたこの土俗性の存在が、
これらの作品をより力強い、神々しいものにしていると思う。
展覧会は6月7日まで。ぜひ足を運ばれることをおすすめする。
逃走・海へ
先週の水曜日のこと。
天気が良いので東京を抜け出したくなって九十九里浜に出かけた。
朝8時に車で出発すると渋滞もなく、9時過ぎには白里海岸に寝そべっていた。
水は泳ぐのにはまだ冷たすぎたが日差しは夏のように強く、短パンに着替え、裸の上半身を風にさらすのが気持ちがよかった。
平日なので海岸には貝を捕っている地元の人とサーファーカップルしかいない。
波を観察しているうちにそれを絵に描きたくなり、小さなノートに鉛筆を使いクロッキーしてみた。一瞬も同じ形にとどまらない波の表情を線描で表現するのは非常に難しくておもしろかった。目と脳と手が久しぶりに繋がって気持ちが良かった。
熱中して手元を見ていたら、いきなり視界が巨大な影に音もなく覆われて驚いた。しかもゆっくりと右から左にその影は動いている。空を見上げると、
パラグライダーだった。






