白い巨塔で財前教授の言葉から考えた。
「ただ...無念だ。」
自分の死がいつ訪れるのかなんてわからないから、「今は我慢時。苦しくてもいつか楽になる。」「明日やればいい。」「また今度ね。」なんて考えながら生きることがある。しかし、「あと3か月しか生きられない。」と余命宣告されたら、残りの時間を自分ならどう生きるのか。どう生きたいのか。
もちろん、何かを得るには何かを犠牲せねばならないこともある。犠牲の割合を、0とするかいくつにするかは自分次第。
「やらないで後悔するくらいなら、やって後悔した方がいい。」と言う言葉がある一方で、「やって後悔した。」という受け取り方もできる。結婚なんて、その典型例である。幸せになろうと結婚したのにも関わらず、幸福度は高まるどころか低下する例がある。何の根拠をもって幸福度を計るのかは人それぞれである。