てくてく

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てくてくと
わたしを生きる。
わたしらしく、わたしを生きる。

仕事は子ども関係の仕事をしています。
『子どもに至る』

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去年の今日。
私は仕事をしてた。

休憩時間
卒園式が間近で、アルバムに写真を貼ってた。
なんだか、ソワソワして、変な感覚だったのを覚えてる。

14時46分 誰かの携帯がけたたましく鳴る。
「先生!大きな地震がくるって‼」
2日前の地震を思い出す。
まずい!
「すぐ自分の部屋に戻って!避難‼」
と叫びながらもう走り出す。
「地震がくるよー‼地震がくるよー‼」
保育室にいる職員に聞こえるように叫んで進む。
揺れはじめる。
すごい揺れ。
思うように動けない。

子供たちは午睡中。

走りながら開けれる戸を全部開け、
玄関を開け放ってすぐに0歳児室へ。

寝ている子供たちを抱っこし、ベビーカーに全員乗せ、園庭に行くよう伝え、
残った子はいないか、全ての場所を見てまわる。

回りながら人数確認表をとり、人数確認。
全員無事避難。

パジャマのまま、泣くに泣けずにいる子供たち。
余震の度に悲鳴。

余震の合間に、靴、ジャンバーを取りに行き、
落ち着いた頃、園舎に戻る。

すぐに停電になった為、暗い。
信号まで消えるなんて、初めて見る光景。

うちの娘は…
気になるが、今はこの子達を無事に親に帰すことが私の役目。
何度も祈った。
お願い。無事でいて。

いつ迎えにこれるかわからない状況の中、ある食べ物を食べさせ、お湯が冷めないうちに乳児にはミルクを与え、
身を寄せ合いながら、迎えを待った。

子供の人数が減るごとに職員を帰し、最後の園児を渡したのは18時半。

全員帰して、初めて震えがくる。
娘は…娘は
ごめんね ごめんね と言いながら家に着くと誰もいなくて、
真っ暗な中、懐中電灯を探して、
誰もいない静かすぎる家にポツンといたとき、
家族に何かあったかも、と
自分の使命と、親としての自分とに
胸がしめつけられて



娘に会えたのは、その1時間後だった。


私は内陸住まいなので、津波はないけど
沿岸の方々は、どんな思いだったか

私たちでさえ、生きた心地がしなかったのに…



忘れない

あの気持ちを
あの日のことを

鮮明に覚えてるけど、はるか昔の出来事のよう


『いま』を大切に
どんなときも『いま』が大事


私は忘れない






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