「一人でインドに行くなんて、何を馬鹿なこと言ってるの!」
大学1年、人生で初めて親の反対を押し切った瞬間だった。
目には溢れんばかりの涙を浮かべたまま、私は飛行機へと乗り込んだ。
受話器から聞こえた母の泣き声が頭の中にでエンドレスでリピート再生され、胸の奥がギュッと締め付けられる度に、自身の選んだ道を不安にさせた。
【初めて自分の人生を歩むことを決めた日】
怖くて、苦しくて、罪悪感と好奇心の狭間で何度も航空券の予約をしては、それをとキャンセルすることのを繰り返した数ヶ月だった。でも、心のどこかにあった違和感に、どうしても嘘がつけなくなったんだ。
【存在しない者として扱われた小・中学校時代】
小学校では酷いイジメを経験した。時には机や椅子は校庭に投げ捨てられ、名簿からは名前が消され、存在しない者として扱われた。私をいじめからかばってくれた親友は、いつの間にか私をいじめる側へ回っていた。居場所はどこにもない。人に嫌われることが何よりも恐かった。人目を恐れ、目立たぬように人の顔色を伺って生きていた。誰にも相談できず、ただ孤独に耐えてきた私は人生に絶望していた。ある日、家の中でボーっと本棚を何時間も眺め、心ここに在らずだった私はふとある一冊の本を手に取っていた。それは、マザーテレサの偉人伝だった。
本を読み進めるにつれて、まるで暗闇に一筋の光が見えたように勇気づけられていく。「私もこんな人で在りたい」「この人だったら、こんな時、どうするだろう」。以来、マザーテレサの存在は私の心の大きな心の支えと指針となった。
学校でも居場所がなかった私は、目に見える結果が自分の存在価値のすべてだと思い込んだ。だから、必死で結果を出すための努力を重ねてきた。人より劣っている存在だというレッテルを自分に貼張ってしまって生きてきた私は、親や社会が評価するものを正しいと信じて疑わなかった。
マザーテレサのいたインドに行けば何かが変わるかもしれない。そう思いながらも、社会の評価や親の期待に応え続けた先にあったのは、その期待に応えきれないもどかしさと、自分が何者なのかという問い。そして、どこまでいっても拭いきれない虚しさだった。
「そうだ、インドに行ってみたら、何か変わるかもしれない」
マザーテレサの存在を思い出し、久々にのワクワクした感情が空虚でウツウツとした心を満たしていく。でもそんなことを口にしたら親に大反対され、自分の好奇心が簡単に打ち砕かれることなんて容易に想像がついた。親の期待通りに生きることが正解だった私にとって、親の反対を押し切ることは、今までの自分の生き方を否定することでもあった。
決意した私は、友人や教授に根回して大学の単位を取るために動き始めた。そして、決意が鈍らないように、インドへ経つ前日に両親に電話をしたのだった。これが、私が本当の自分の人生を歩み始めた第一歩だった。
親なら誰しも、子供の幸せを願わない親はいない。心配して当然だ。親の思う子の幸せと自分の進みたい道が一致していていたとしたらどれだけ楽だろうか。でもそうじゃなかった場合、自分の人生を生きるためには大切な人の「期待を裏切る勇気」が必要になる時もある。
【コンプレックスは最大の魅力に変えられる!】
「お前って本当に“呼吸をするようにセールスするよな」
周りからよくこんな言葉を言われる。電車や居酒屋、街中で、声をかけては30分でご契約を預かれるほどの営業力。
でも、元々人が恐かった私にとって、営業は最も苦痛でやりたくない仕事だった。でも、人が恐かったからこそ営業を極めることを決めた。
大学時代、バックパックしたインドで出逢った男性とのご縁でベンチャーのコンサル会社へ新卒で入社。手帳は架空のアポイントメントで埋められ、クレームのメールは消去し、電話は着信拒否。1年目の契約はほぼクーリングオフに消えた。
「全然売れない。もう辞めようか。でもこのまま終わりたくない」
プライドを捨て、涙を流しながら、とある業界で成果を出していたされている男性に精一杯の想いを伝えた。そのお客様は、営業のロールプレイの特訓を受けしてくださったり、沢山の顧客をご紹介して頂いたのだ。
朝から晩まで1日17時間働いた。時には水を掛けられ、1分の遅刻に怒鳴られ、1か月謝罪に通い続けたこともある。しかし、私彼女の熱意と真摯な姿勢は着実に信頼に結びつき、ファンクラブまでできた。ご紹介は絶えることなく、800名を超える顧客数となった。
「社長、今までずっと苦しかったですよね。まだまだ未熟者の私ですが、社長の幸せを願う気持ちは誰にも負けません。」とある商談で、胸ぐらを掴まれ怒鳴られた私彼女は、お客様の気持ちに寄り添い、涙ながらにそこう伝えた。
すると、「そんな事を言われたのは初めてです。その言葉に救われました」と、経営者の男性が泣きながら契約を交わしてくれたこともある。
私の営業力の元は、自分の中のコンプレックスから来ている。私が孤独だったから目の前の人を孤独にさせないと決めている。その方の気持ちに寄り添いたいというその想いが、今でも人と関わる全ての土台になっている。
【幸せはなるものではない。この瞬間を幸せで在ればいい】
突然のことだった。朝起きたら身体に力が入らない。全身から力が抜けて、起き上がる事も出来なかくなった。生理も1年半止まったままだった。
今まで、女性であることをできない言い訳にすることが嫌だった私は、必死で結果を創ってきたが葛藤をしていた
3日、1週間、3か月……。
ベッドに寝た切りになって天井だけを長い間見つめていた。それまで必死に積み上げてきた努力やキャリアがガタガタと音を立てて全て崩れ去っていく恐怖の中で、迷惑をかけていることへの申し訳なさと焦りとプレッシャーに押し潰されそうで涙が止まらない。
「もう頑張らなくていい。こんなになるまで頑張って……あなたが幸せに笑っていてくれるだけでいいの」駅のホームで泣き崩れた母。心身共にボロボロの私を無条件で愛してくれる家族の愛に支えられて、私は大好きだった会社を辞めた。どんな自分をも変わらず愛してくれる家族の無償の愛が、必死で執着してきたものを、手放す勇気をくれたのだ。
「あなたの幸せを願っている。」
彼女の罪悪感とは裏腹にお客様も退職を後押してくれた。会社を辞めた私彼女が向かった先はタイだった。ところが、たった1週間で、お金もパスポートも荷物を全て盗られてしまったのだ。私は、パンガン島で身一つになり、ただ呆然と夕陽を眺めていた。これまでの人生で最も美しい夕陽に涙を流しながらこう思った。チャレンジしても、私はもう何も失うものなんてない。私が独立を決意した瞬間だった。何もなくても愛してくれる人がいると思うだけで、不思議と心が感謝と幸せでいっぱいになった。自分はもう欲しいものは手にしてたのだ。
【これからの時代、いかに正しさを捨てられるか】
バックパッカーで28か国を経験した海外で私が、一番学んだことは日本での正しさは海外では全く通用しないということ。
今の日本は個性ではなく社会の【正解】の枠組みから出ないことが社会の勝ち組だと言われ、その枠の外の人間は【負け】と評価され、自分のダメなところにフォーカスされる。
現代では、SNSで中学生が稼げる時代。人間関係や家族の形も多様化している。誰も経験したことのない想像を超える時代の中、今までの常識は全く通用しなくなっている。正しさを捨てられない人は間違いなく取り残されるのだ。正しさは、相手を「間違っている」と否定するスタンスから争いしか生まない。互いを否定せず尊重し合う。それが大和の心
自分の本心に従って生きることが、自分と調和して生きるということ。そもそも感情に振り回され自分の本心が見えていない。伝えたい本質を伝えてない人が多いからコミュニケーションが不和になる。
私は今、女性向けに【新♥大和なでしこ塾】という私塾を立ち上げている。日本の和の心を土台に、頑張ることを辞め自然体で生きることで人生の幸福度を高める心身を創り上げる体感型プログラムだ。開講以来、4年で、口コミだけで受講生は130名を超えた。自分を確立させ、他者と調和して生きる、自分の本心に従い、肩の力を抜いて人生のパフォーマンスを最大化させるための組織づくりやコミュニケーションのコンサルティングを行っている。
社会の固定概念から解放され、周りや感情に振り回されず自分の幸せに意思をもって生きる強く優しい日本人女性が私のコミュニティから日々増え続けている。誰も自分の人生に責任はとってはくれない。だからこそ、親や社会の【幸せ】ではなく、幸せそうに見せることでもなく、自分自身が納得いく【自分の幸せ】を生きられる人が増えることを心から祈っている






