名作は星の数ほどある。
果たして何をクリアしていれば、名作なのでしょうか。
映画は芸術であって、芸術は全ての人に平等の権利を与える。
それは、時間と同じようである。
5年前の太陽が降り注ぐ真夏の日が、大事な時間だった人もいれば、幼少期、母親に抱かれていた瞬間が、こようえない愛しい時間の人もいる。
また、今日今この瞬間が人生の中で最高のクライマックスを覚えている人もいるだろうし、明日訪れる人もいるでしょう。
人は映画を観て、何を感じるのか。
何だか普遍的な事を考えていると、キューブリックが浮かんできた。
彼の映画はどれも、哲学的で、容易にメッセージを読み取る事は困難だ。
哲学とはそういうものだと思う。
わたしは彼の映画がスキ。
いつも観る度に、ちんぷんかんぷんだけど、余韻が素晴らしく良い。
確実に何か形ではない『充実度』がそこにはあるのです。
そういった意味で、「2001年宇宙の旅」はカリスマ的要素を映画界にもたらした映画といえる。
SF映画の金字塔と呼ばれているが、むしろ、新たな映画の可能性と観るものに主点を置ききった映画といえるでしょう。
まさに傑作である!
現在において本作の評価と人気は、伝説化され、神秘的でもある。
人々が認める映画作品といえば、「市民ケーン」と「風と共に去りぬ」が上げられるが、こういった大作に匹敵するほどであるといえるだろう。
前者2作品が明快で誰でも感動し、理解できる作品である映画であるのに対し、本作を理解することは困難である。
学生時代にこの映画を友達と観たとき、終わってから「えーーーっと、つまり、あれは何? 多分こういう事だよね??」と話しながら、結論としては、「っていうか、これ想像以上に凄くない?? 」となったわけである。
恐らく当初様々な評論家から、説明を求められた彼だろうが、彼の意図するものは、説明して彼の思いを発信するのではなく、観るものがあくまで主観的に観れる映画に仕上げる事だったのではないだろうか。
意図としては、SF界の神の存在をあらわしているのでしょうが、思いを捨てて、観客に主観的な感動を味わえる作品にしたのだと、わたしは思いたい。
公開当時本作の興行収入は悪く、一番ヒットしたのが日本での4位という成績だ。
日本人はキューブリックという冠に踊らされたのか、この映画の魅力を感じ取ったのかはわからないが、
マニアックな世界観と完成されつくしたSF技術の高さは、日本人好みであると思う。
一応あらすじとしてはこうだ。
人類の夜明け、荒野に棲む猿人の群れの前に黒い石碑(モノリス)が出現し、人類への進化するきっかけとなる。
それから400万年経った2001年、月面でモノリスが発見され、調査していたフロイド博士らの前で突然、Jupiter(木星)へ電波を発信した。
探査のため木星へ向かった大型宇宙船ディスカバリー号でのコンピューターHAL9000と唯一生き残った船長ポーマン。 そして、モノリスを発見する・・・・・・・・・・。
となるが、90%以上の人が汲み取ることはできない、いわゆる“ちんぷんかんぷん”である。
まずセリフ、説明が極端に少なく、モノリスの存在自体が謎めいている。
さらにおもしろいのが、人間よりもコンピューターHAL9000が一番人間らしい行動をとり、感情豊かな点だ。
さらに、クライマックスに登場する“トリップ”シーンの長い描写は、観るものを混乱させると共に、引き込ませる要素をもちあわせている。
そして誰もが、壮大に鳴り響くリヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」が耳に残るばかりだ。
実はこの映画、脚本家のSF作家アーサー・C・クラークが公開時と同時に発表した小説版で、明快に説明されているらしいが、キューブリックは当初、おびただしく挿入されていたナレーションをすべて排除し、随所にあの謎めいた映像を配置し、イマジネーションさせることに主観をおいたのである。
この映画は観るべき映画であり、それは絵や写真のような芸術作品と似ている。
わたしの母は、絵画が好きな人で、わたしもそれなりに影響を受けているが、よく母が今でも言うのが、
「絵や写真は見ることに価値がある。 技術や巧さは素人にはわからない。でも、触れる事がもっとも大事であり、見てどう感じたか、思ったかが大事である。」と言うものだ。
まさに本作はそれに値する映画であることは、言うまでもない。
理解することだけが、芸術の楽しみ方ではないことのお手本のような映画である。
公開前のタイトルは「星の彼方への旅(Journey Beyond The Star)だったが、2ヶ月でタイトルを変更。
コンピューターは当初、ギリシャ神話の知恵の女神“アテネ”と名付けられ、声も女性が担当することになっていたが、後にソクラテスを経て、このHALに落ち着いた。
また、この映画の最大の見所であるのは、SF技術であるが、全てのシーンをキューブリックが考案し、徹底的にこだわりぬいたのである。
そのため、600万ドルの予算を450万ドルもオーバーし完成するも、成績はいまひとつ。
だが、次第にその高度な技術と完成度の高さ、カリスマ的人気を帯び、5年をかけて利益を産み出した映画となり、そのSF技術は今でも色褪せず、むしろどの作品よりも輝いてい見える
2007年を迎えた今、この映画のような事実は起こっていない。
時代がまだ追いついていないのか、キューブリックが先を見据えすぎていたのかは、これから判別するであろう。