プロ野球好きでこの人を全く知らないという人はほぼいないんじゃないでしょうか。

フリオ・ズレータ

2000年にメジャー昇格、2年間で79試合174打数で9本塁打。

2002年から2003年にかけては3A
で活躍し、NPB入りの話が続々と。
巨人、中日、ロッテが獲得交渉に入りますがまとまらず、そのまま3Aでプレーしていました。

2003年主砲の小久保裕紀がクロスプレイで膝を大怪我してしまった福岡ダイエーホークスとの交渉がまとまり入団。
王監督は「サードを守れる大砲」をリクエストしたはずなのですがファースト専用機が来ました。

ダイエーの海外スカウトは翌年にも「阪神のウィリアムスみたいな投手」をリクエストされてのらりくらり投法のリンゼイ・グーリン獲ってきたりしてるんですけども。

初年度は6月に合流、67試合に出場して13本塁打。
打率は.266ですが出塁率.364、長打率.514。阪神との日本シリーズでも活躍し残留が決まりました。

2004年は指名打者のレギュラーに定着。
打率.284 37本塁打 100打点を残しレギュラーシーズン1位に貢献(プレーオフを制した西武が優勝)します。

親会社がダイエーからソフトバンクに替わった2005年は故障を抱える松中とポジションを入れ替え一塁手のレギュラーに。
打率.319 43本塁打 99打点で3部門ともリーグ2位。チームは再びレギュラーシーズンを1位で終え、そしてプレーオフで敗れ去りました。

なお、第一回WBCパナマ代表に選出されたものの辞退しています。

2006年は打率.281 29本塁打 91打点。
金村暁にタックルかまして出場停止くらったのがこの年ですね。

この年もホークスはクライマックスシリーズで敗退。粘りに粘って投げ抜いて最後に敗れたエース斉藤和巳を担いでベンチに下がらせる光景は有名です。

このオフにホークスとの契約交渉がまとまらず、千葉ロッテマリーンズへ移籍します。

2007年は故障もあって77試合出場にとどまりますがチーム最多となる15本塁打。
コンディションの割には働いたのでしょうが、億単位の年俸を支払う助っ人としては…

2008年も故障で73試合出場にとどまり打率.215 8本塁打 33打点とさらに低調な成績に終わってしまい、ここでNPBでのキャリアを終えることになりました。

ロッテ時代は数字としては寂しいですが、チームに溶け込もうとする姿勢や「幕張ファイヤー」パフォーマンスなどで結構ファンからは好かれていたと思うんですが、どうなんでしょうか。

2009年WBCパナマ代表では2試合にスタメン出場
相手がプエルトリコとドミニカ共和国ではいかんともしがたく2試合連続完封負けでした。

能力はこんな感じです

パワーしかねえな評価ポイント…
前年の成績が良くなかったんで仕方ないですけど。

ちなみにホームラン打つとパナマウンガーしてくれます。



その後メキシコでプレーしたり、金森コーチを頼って千葉ロッテの入団テストを受けたり。
現在は不動産経営しながら結構裕福な生活しているらしいとソフトバンク関連のイベントで聞きました。


ちなみに私の父親、ズレータの日本デビュー戦で外野を守らされ、ひどい守備を連発したのを目の前で見てたので、まさかこんなに長く在籍するとはとても思えなかったといまだに語っています。
「中学生の方がマシかもしれん」だったそうで。