来し方はパラパラ漫画 -3ページ目

来し方はパラパラ漫画

1943年ヨコハマ生 振り返れば満足の人生
遊びも仕事も夢も野望も七転八起
つれずれにヒトコマを想起してみti

 

上場は一時断念したものの事業意欲は衰えず

FCとして加盟店だったイングランドカントリーハウ(以後E社)スの本部に資本参加し

その後本部をグループの1社として参加に納めた

E社には新規採用の設計・榮票に加え、旧E社のスタッフ全員を雇用した

私はE社の会長に就任し、加盟店各社を巡回、経営のアドバイスや指導をすることになった

また加盟店募集を積極的に行い、その拡大に奮闘した

 

親しくしていたIホームの加盟店から

静岡県・愛媛県。宮城県・山口県の4社に

E社への資本参加と加盟店への呼びかけを行いこれを成功させた

4社はそれぞれ複数のモデルハウスをオープン、一挙に加盟店は25店となった

 

 

創業5年目に建築の賃貸マンションの一部を本社として利用していたが

小山市の中央郵便局・商工会議所の近くの5階建てのオフィスビルを購入し

ここに本社を移転した

また住宅建設部門もIホームだけではなくデザイン重視のオリジナル旧宅、プレセントジョームを開発し、加えて英国風のイングランドカントリーハウスの施工販売を開始した

この時点での店舗数は9店舗、総社員数は96名

全体をホールドするコバコーポレーションを設立し各店舗を子会社として分離独立させ

各店舗の店長を代表に据えるよいう組織変更を行った

グループ会社それぞれを独立採算とし大幅に権限を委譲、経営者意識をもたせることにした

各社の代表を参集しての社長会、取引先による業者会など活発な会議が開催された

この頃の業績目標は

売上1人あたり5千万円、40億円・粗利益30%、12億円・

営業利益10%、4億円・経常利益5%2億円

大きな目標で未達成だったが売上は37億円超までに拡大した

 

幹事証券会社は日興証券

監査法人は中央監査法人

上場準備は予定どおりに進み

株式の第三者割当増資にはメインの金融機関

Iホームの本部、生命保険会社、取引先、社員が応募し

資本準備金を併せて師品金合計は2億5千万円になった

上場することで関係者だれもがウインウインになるはずだった

 

この頃バブルが弾け大和証券の破綻ばどの混乱状態となり

極端な金融引締となり

証券界では新規の株式公開はほとんどが見送られるじょととなった

当社も上場は保留待機とされたのだったが

待機の期間内にもコンサルタントや監査法人への莫大な支払は発生する

会社の業績もバブル崩壊後の不況から住宅建設需要が低落で低下傾向になり

今回は上場を見送りおずれ再挑戦することを決めた

 自宅近くの公園

 

小さな栃木県南部の町へ転居してして12年目の5月

1989年に現住所に転居、この町内での転居は3回目となる

取引先の家庭の事情から急遽売却するというので

バブル期でもあったので会社の売却物件として購入したものだが

家族が駅に徒歩8分の立地

150坪の広い敷地とお洒落な外観に魅了されてしまい

自宅として会社から購入した

その後リフォームと増築を何度も行っている

リフォームや新工法の実験現場のもなった

 

個人企業から社会の公器へとの思いを強くして

成功者の自伝や著書を耽読し

現役の経営者の講習会にも参加した

会社は経営者の器量以上には成長しない

経営者の成長が会社を成長させる

 

学びつつ会社は業績を拡大

ついに栃木県において建設業売上ベスチ10にランクイン

Iホーム加盟店売上1位を獲得したのは創業15年だった

グループの総売上は40億円 建設戸数は270棟

 

産業能率大学経営塾での勧めもあって

株式公開を志向することにした

中央監査法人/日興証券の審査を受け上場までの指導をお願いした

予実管理が必須となることを実感し

PCによる業務管理を行い私自身もPC技能の会得に奮闘しうた