返事が遅れた、おはよう世界。

 

 

 

「ひとつだけ願いが叶うなら」
…なんと甘美な響きだろうか。
「ひとつだけ」なのだ。「ひとつだけ」と欲張らない謙虚さを示しているにも関わらず、その「ひとつだけ」とは「願いが叶う」こと。願いによっては途方もないコストがかかる。だがこれに対する答えは、その人間の心からの渇望を映し出す。そういった点において、私はこの問いを美しいと思っている。

 

あなたも、一度は誰かに聞かれたことがあるだろう。一度は誰かに聞いたことがあるだろう。または、七夕や絵馬などの特殊なイベントでも、その問いに面と向かうことがあったかもしれない。ある意味では普遍的な問いだ。

 

今日はこの問いについて語ろうと思う。

 

まず、こういった願いは除外するべきだろう。

「お金持ちになりたい」「総理大臣になりたい」「好きな人と付き合いたい」。

これらは私に言わせればあまりにも現実的すぎる。というか、現実で叶う可能性のあるものだ。

お金持ちになりたければ、自分が全力を出せる環境を見つけて頑張ればいい。

総理大臣になりたければ、政界でのしあがりチャンスをつかめばいい。

好きな人と付き合いたければ、身なりに気を付けて、デートに誘って、自分の魅力を相手に伝えて、気持ちを伝えて、それで駄目でも、本当に好きなら何度も気持ちを伝えればいい。成就するまで。

 

せっかく願いが一つ叶うというのに、手が届くかもしれないものを楽に手に入れてしまおうとするのはもったいないし、それは自分自身の夢を否定する行為だ。断じて禁ずる。

…少々思想が強かったかもしれないが、どうせなら現在の科学で、この地球で、この社会で絶対に手に入らないものを願うべきだろう。現実と幻想の線引きをしてしまっているようでロマンには欠けるが、とにかく今はそれでいい。

 

私の答えを言おう。

空を飛びたい。

もちろん、飛行機の窓側の席で分厚いガラス越しに雲海を眺めることが願いな訳がない。あれは目を奪われる壮観だが、景色ではなく、方法において非現実がある。

私は一人で飛びたい。そこにはプロペラもジェットエンジンもない。この身一つと、大きな翼が欲しい。

真っ白でとても大きな翼がいい。好物のカレーうどんを注文するのをためらうほどの、入道雲のような白さ。

 

翼人になったら私はこうするだろう。

 

狭い部屋で私は晩御飯を食べ終える。まだお腹はいっぱいじゃない。でも追加で食べるほどでもない。

引き戸を開ける。雲一つない月夜。満月を地面からひとしきり眺めて思う。

 

「月まで飛んでいってみよう」

 

その瞬間、ベランダいっぱいに白い翼を伸ばす。タコ足の洗濯ハンガーはどこかへ飛んでいく。そんなもの気にしない。

今日もちゃんと翼を動かせることを確かめ、小さく“いってきます”とつぶやく。

ベランダのへりから飛ぶ。よかった、今日も落ちない。

冷える空気も今は心地いい。白い吐息は置き去りに。

少し高いところまで来た。きらびやかな夜景を尻目に、月へ向かってまだ高く。

息がつらくなってきた。なるほど、これが鳥たちが月に向かって飛ばない理由か。

下から見るよりは幾分も大きい月。目をつぶさんとするほどの月光。

そのあとは、すんなり帰宅してもいいし、久しく会っていない友人に会いに行ってもいい。

グーグルマップがちゃんと機能してくれるとよいのだが。

 

 

これが現実では叶わない夢というのだからひどいものだ。

まあ、いつかスカイダイビングはしたい。翼人RPのネタならごまんとあるのだから。

 

今日は本当に私の妄想を語っただけになったが、たまにはこんな回があってもいい。

ブログ二回目にして、こんな回があったっていい。

 

ここで分かりやすく問いの矛先をあなたに変えよう。

あなたは、ひとつだけ願いが叶うなら、何を願う?

私は自分で語るのはもちろん好きだが、自分以外の人間の答えを聴くのはもっと好きだ。

それは、確実に私にはない発想があるから。

 

 

やばい、二時間もかけたのに全然進まないし半分小説みたいになってら

ブログって難し

 

 

それではまた。

病気・怪我のなきよう。