Y3MR1のブログ

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丸山ワクチンに期待する家族 
母親の癌について調べた情報 治療の期待・不安を家族の目線で書いたブログです

本来の「闘う」は、あなたを追い込む言葉ではなかった

私たちは、がん治療について語るとき、
自然とこんな言葉を使います。

「病と闘う」
「長い闘病生活」
「病に勝てず」

けれど、この「闘う」という言葉は、
本来、誰かを追い立てるための言葉ではありませんでした。

「闘病」という言葉を広めたのは、
医師で作家の
小酒井不木。

1926年の著書
闘病術
の中で使われました。

当時は、結核が不治の病と恐れられていた時代。
その中での「闘う」は、

誰かに勝つことではなく、
絶望に負けないこと。

生きる意志を、そっと手放さないこと。

つまり本来の「闘う」は、
評価の言葉ではなく、
自分を支えるための静かな決意だったのです。

もし今、治療の途中で読んでくださっているなら、
どうか覚えていてください。

あなたは「勝つ」必要はありません。
今日を過ごしている。
それだけで、もう十分に立派です。


ドラマが教えてくれた、心を軽くする言葉


ミステリと言う勿れ
第5話の病室の場面。

刑事・牛田は言います。

「刑事としても負け、
長い闘病の末、病気にも負ける」

それに対して主人公・久能整はこう問いかけます。

「負けたから死ぬんですか?」
「勝ち負けがあるとしたら医療ですよ。
患者が負けるんじゃない。」

この言葉は、多くの人の肩の力を抜いてくれたのではないでしょうか。

亡くなった方は「負けた」のではない。
つらい治療に涙することも、弱さではない。

一方で牛田は、

「『病と闘うぞ』と思う気持ちも大事なんだ」

とも語ります。

そうなのです。
「闘う」という気持ちが支えになる日もある。

だからこそ、

・勝ち負けの闘い
・自分を励ます闘い

この二つは、まったく別のものなのだと思います。

あなたにとって必要な意味だけを、
選び取ればいいのです。


患者さんへ、そしてご家族へ

患者さんへ

治療は簡単ではありません。
身体の痛み、心の揺れ、不安、孤独。

「前向きでいなければ」と思わなくていいのです。
弱音を吐いてもいい。
泣いてもいい。
立ち止まってもいい。

それでもあなたは、
今日を生きています。

それは決して当たり前ではない、
尊いことです。

希望とは、
「必ず治る」という大きな光だけではありません。

・今日は少し食べられた
・眠れた
・誰かと話せた
・空がきれいだと感じた

その小さな出来事が、
明日へ続く確かな希望です。

あなたは負けていません。
生きている限り、それは続いています。


ご家族の皆さまへ

支える側も、また闘っています。

不安を胸にしまい、
笑顔を作り、
「大丈夫」と声をかける。

けれど本当は、
誰よりも怖くて、不安で、
涙をこらえているのではないでしょうか。

どうか、ご自身の心も大切にしてください。

支える人が倒れてしまっては、
誰も救われません。

あなたがそばにいること。
それだけで、患者さんにとっては大きな支えです。

完璧でなくていい。
強くなくていい。

一緒に揺れながらでいいのです。


私がたどり着いた「闘う」の答え

がん治療は、勝敗ではありません。

人は必ず亡くなります。
亡くなり方はそれぞれです。

それは「負け」ではなく、
その人がその人の時間を生ききったということ。

だから私は、
勝ち負けの「闘い」ではなく、

絶望に飲み込まれないこと
今日を大切にすること
自分らしさを失わないこと

それを「闘う」と呼びたい。

もし「闘う」という言葉が重たいなら、
いったん置いてください。

深呼吸して、
「今日はこれでいい」と思ってみてください。

明日は、明日の風が吹きます。

あなたの歩みは、
決して無駄ではありません。

希望は、大きな光でなくてもいい。

小さな灯りで十分です。

その灯りは、
もうあなたの中にあります。