3月11日午後2時40分、まさかこんな日来るとは。
その日は夜勤明けで 家に居ました
午前は家の事を 色々やってて、さて 寝ようかな
と、思った瞬間 今まで経験した事のない揺れが
襲ってきたんです。
たまたま、家には家族全員居て、息子はゲーム
娘は二階で寝てたみたいで流石に地震で起きて来ました
俺はとっさに、買ったばかりのテレビと棚とタンスを押さえ
大声で 揺れが治まるまで、動くな~と叫んでました。
なんと、3分間位揺れが続き 抑えてる手と足も限界になってきました
なんとか、揺れも治まり、みんなの安否を確認
息子は目の前のコタツに居て分かってたんですが
娘が二階から降りてきません。
もしやと思い声を掛けたら二階の電燈のガラスが割れて
階段に飛び散ってて降りられなくなっていました
ほうきで掃きながら降りてきて まずは全員無事を確認
家の中は足場の踏みどころなど有りませんでした
もちろんライフラインは全て止まって とりあえずラジオで
確認してみました。
津波警報が出てるみたいで、実家の事が心配になって
電話をしてみたが、通じない 当たり前だとは思ったが
何度も何度もやってみました、そのうちラジオで恐ろしい
事を言い始め なんと津波は海岸から10キロ近くまで
到達したみたいで、俺はそれを聞いて 呆然としてしまいました
ああああ~~実家の家族が~~^
でも、今は自分の子供たちの事をと、考え直して
暗くなる前に 色々用意をしなきゃと 折れそうな心を
押さえながら、明かりの確保や食べ物と水の確保をしました
そして夜を迎えました
そんな日が 何日続いたでしょう
数日後、少ないガソリンを覚悟で実家まで息子といってみました
上の写真はその時撮った写真です
なんと、町が消えていたんです
その中で実家の家族は全員無事だった
奇跡としか言いようありません
今 母を俺の家でみています
奇跡的にも実家の家は浸水程度ですんだみたいで
それでも、住むまでは数ヶ月かかるみたいです
後で母に聞きました、なんと津波に追いかけられて
パチンコ屋の屋上駐車場に逃げ切ったそうです
それでも、3日間孤立して、自衛隊に助けられたそうです
話はまだまだ、続きますが、後は皆さんが知っての
通りの現状です。
最後に、皆さんにこんな思いをさせたくない
だから、避難場所の確認を家族みんなでしてください
あ ラジオと電燈は玄関に置いてたほうが良いです
津波が着たら車じゃなく走って遠くに逃げるより
より高い場所に逃げてください。
こんな災害は二度とないことを祈ります。
誤字は勘弁してくださいね


