いきなりやけど、ブログ書きます!笑
いまの自分の姿や気持ちを文章にして
いつか「こんな時期もあったな〜」って、
笑って振り返りたい。
ゆいはいま「拒食症」です。
まぁその合併症みたいな感じで、
「うつ」とか「強迫性障害」とか。
なんで拒食症になったんか
ずっと考えてきたけど、
正直ちゃんとした理由はわからへん。笑
でも最初はただのダイエットやった!!
4月か5月の大学の健康診断で体重測ったとき、
45kgぐらいやと思ってたのが「48kg」笑
自分の中ではめちゃ太いやん!ってなった。
ってゆっても、そんなにめちゃくちゃ
気にしてた訳でもなかったから、
ゆる〜〜くダイエット始めて。
そしたら周りの人に「痩せた?」って
ちょくちょくゆわれるようになって。
それがうれしかった。
9月のサークルの合宿のときには
「43kg」
周りの人も心配してくれてたな。
あっこで、もぉ十分やって思えてたら
いまこんなことにはなってない。笑
それからはもうちょっと
ストイックなダイエットはじめた。
それとは別に、精神的にしんどいことが
結構あって、けいれんとか過呼吸とか
そうゆうのがしんどかったから、
心療内科に通いだしたり。
でも、「拒食症」になりかけてるって
ぜんぜん気づいてなかったから
うつとかの治療しかしてなかった。
10月ぐらいで「40kg」になってた。
お母さんが用意してくれたご飯も
ちゃんと完食しやんくなって、
明らかに食べる量減ってたから
お母さんに「なんで食べへんの?」って
めっちゃ怒られてた。それでよく喧嘩。笑
体重が減っていってたことも隠してた。
精神的にしんどいことと、体重のこと、
お母さんにはなんもゆわれへんくて
親子の関係が悪くなっていって。
余計に「痩せる」ことに
集中してしまった。
学校行ってもダンスしてても
痩せることばっかり考えて
食べれるものも減ってきて。
体力もなくなって
精神的にも限界かなぁ〜ってなってきた。
そんなときに、ついに
お母さんと泣きながら大喧嘩して。
隠してたことも全部打ち明けた。
その日から一緒に心療内科行ってくれて
ゆいのこと理解しようとしてくれた。
でも、そのときはもう、ゆいの拒食症は
お母さんと絆が深まったからといって、
心療内科に通ったからといって、
簡単に治るようなレベルじゃなかった。笑
どうやってここまで体重減らしたんか、
いまはもうわからへんけど
いま現在の体重で「31〜2kg」
あっちなみに身長が157.5センチ。
もう普通の生活はできてません。笑
笑い事ちゃうけど笑います。
食べた後に、意味わからんぐらいの
後悔に襲われて泣き叫んで暴れて。
頭の血管切れるんちゃうかってぐらい。
でも甘いものとか、食べたいものは
い〜っぱいあって
食べたすぎて夜中一人で泣いたり。
食べたい自分と、
それを許してくれへん自分。
そんな生活が続く中で、
ついに普通の体じゃなくなった。
今まで通りに踊ることはもちろん、
走るのも無理になって
歩くのもしんどくなって。
体中痛いところだらけやし、
骨がですぎて寝るのも座るのも大変。
一人で遠いところに行かれへん。
起きるのさえしんどい日もある。
出かけたら、「かわいそう」
って感じの視線が飛んでくる。
顔つきも変わったし、
髪の毛もキューティクルなくなった。笑
魅力ゼロの体になった。
(元からとか言わんといてください。笑)
食べれば治る病気。
でもそんな簡単なことじゃなくて、
ほんまにほんまに苦しくてつらい。
体の病気で苦しんでる方とか、
貧困でご飯食べられない方とか、
そうゆう方たちに対しては
ゆいの病気は失礼なことかもしらん。
でも、どうしようもなくて。
「死にたい」って何回思ったかわからん。
本気で思った。本気で死にたいって思った。
こんなに食べたいのに、
なんで食べられへんの。食べればいいやん。
何回も自分に言い聞かせて
いろんな努力してきたけど、
ぜんぜん進まれへんくて。
減ったのは体重だけちゃうかった。
友達とご飯行かれへんくなったし、
サークルも行かれへんくなったし、
お洒落もできひんくなった。
何着ても似合わんねん。
スキニー好きやったのにぶかぶかやねん。
この病気になって
ずっとゆいが迷惑と心配かけて、
それでも支え続けてくれてるのが
太希とお母さん。家族。
こんなゆいのことを彼女として見てくれて
守ってくれようとしてくれて
同じご飯も食べられへんし、
「一口いる?」の、その一口さえも
いらんってゆっちゃうのに
ガリガリでなんも可愛くなくて、
おばあちゃんみたいな体で
ちゃんとした普通のデートもできひんのに
ゆいのことを好きでいてくれる太希。
お母さんにまだ何もゆわれへんかった頃も
ゆいの全部を受け止めてくれて、
太希にはほんまにしんどい思いさせて。
でも、太希おらんかったら
ゆい今ここにおらんと思う。本気で思う。
太希はずっとゆいと一緒に闘ってくれてる。
お母さんは毎日ゆいと一緒におってくれて
ゆいが考えた献立で
ご飯作ってくれて。
ゆいが泣き叫んでおかしくなっても
暴言吐いても
一緒に泣いて一緒に闘ってくれてる。
それから、友達や先輩や後輩。
心配してLINEしてきてくれたり
ゆいに合わせて
一緒に食べれるもの食べてくれたり。
ダンスもできひんくなって
ショーケース出るの断わったり、
打ち上げとかもいかれへんくて
ほんまに周りの人に迷惑かけて。
それでもゆいと繋がってくれてる人たち。
ほんまにありがとうございます。
この前、大学病院で診てもらうことができて
また新しい治療がはじまった。
「いつ救急車を呼ばなあかんくなっても
おかしくない状況」
「体がしんどいって感じるってことは
よっぽどの段階」
「いまから体重増やすのは
めちゃくちゃ大変」
とか、いろいろゆわれた。
でも入院は強制ではなくて。
そのときのゆいは、
「どぉしたらいいんかわからんから
この病院きたのに、
先生はなんもしてくれへんのや」
とか思ってイライラして泣いて。
でもこのブログ書きながら、
毎日闘いながら、
最近やっと気づけたことがいっぱいあるねん。
「健康的でピチピチで、
ごはんをおいしそうに食べる女の子」ほど
魅力的でかわいい。
前のゆいは食べることが大好きで
太希と一緒に甘いものやごちそう食べたり、
友達とごはんたべにいったり、
ごはん食べてるときめっちゃ幸せやった。
でも、自分の容姿とか
周りからの評価とかいろいろ気にしだして
ほんまにいろんな原因が積み重なって
こんな病気になった。
ごはんいっぱい食べながらでも
筋トレして身を引き締めてたら、
絶対もっと魅力的な体やったはず。
自分に自信があったはず。
多少食べ過ぎても、運動いっぱいして
またその分、人と楽しくごはん食べて。
そんな風に生きれてたらな〜って思う。
いまの自分の状況に比べたら、
48kgやった頃のゆいの方が幸せやけど、
でも顔はパンパンやったから
あの頃には戻りたくない。笑
でも、ごはん食べることを
楽しまれへんくなった頃には
もっと戻りたくない。ほんまに嫌や。
病気になって、失ったものは
ほんまにいっぱいある。
でも得たものもいっぱいある。
いままでの自分が
幸せなようで空っぽやったことに気づけたのは
病気になったからや。
支え続けてくれる周りの人への感謝の気持ち、
ごはんを普通に食べられることが
どんなに幸せなことか、
人間は食べることで生きてるってこと、
いっぱい食べる女の子は可愛いってこと、
痩せればいいってもんじゃないこと、
人を思いやることの大切さ、
大切なのは外見だけじゃないってこと、
健康で長生きして
いろんなことを楽しむには
このままではあかんってこと、
いろんなことに気づけた。
48kgのゆいも、43kgのゆいも、
こんなこと考えれる人間じゃなかった。
32kgのゆいはそれに気づけたし、
ゆい、いまの自分の性格が一番好き。
あとは健康的でピチピチで
可愛くて美しい女の子になるだけ。
元の姿に戻るとか、太るとか、
そうゆうことではなくて
ご飯をいっぱい食べて、よく運動して、
いっぱい笑って、
大切なことを心の中にいつも
持っていられるような、
そんな新しいゆいになる。
大好きな太希といっぱいデートして、
大好きな友達といっぱいあそんで、
大好きな家族との時間も大切にして、
大好きなダンスもいっぱいして、
いっぱいいい汗かいて、
これまでより、いまより、
もっともっと幸せな人生を送る。
それが、ゆいが拒食症を克服して
生きていくための目標です。
治療は始まったばっかりやし、
これからも苦しいことがいっぱいなのは
わかってる。絶対しんどい道やもん。
そんな簡単に治らん病気ってわかってる。
でも病気なってよかったって思うから
ほんまにつらいけど、
それでもよかったって思うから
負けたくない。
病気治して、最高な女になって、
将来は太希に幸せにしてもらうもん。笑
ゆいも周りの人たちに
幸せを与えられるようになる。
twitterとかインスタで
薄々気づいてた人もおると思うし、
直接会っても
なんて話しかけたらいいかわからんって人も
おったと思うし、
ゆいも、隠してた方がいいかなぁ〜
いや、でも言いふらすことでもないしな
とか色々考えてたけど、
これからもいままでどおり、
自分が関わらせてもらっていた環境で
生きていきたいから
自分のいまの状況は
隠さずにさらけ出そうって思って。
この長〜い文章を
最後まで読んでくれた人、それぞれが
どんな風に感じるかはわからへんけど、
よく思わん人がおっても
それはしゃーないことやと思うし、
それでも、これからもゆいと
関わってくれる人を、
ゆいはずっと大切にしたいです。
最後まで読んでいただいて、
ありがとうございました!