そのことがあった日からしばらくして、
突然Sから今度の休日に会いたいという連絡が入った。
電車で自分から会いに来ると言う。
その日、
夕方の電車で着いたSを、駅まで迎えに行った。
今日はこちらに泊まると言うので、
とりあえずホテルを取ろうと歩く道すがら、
Sは今の会社は近く辞めることになると言った。
何かいやな予感がした。
夕食はフランス料理の創作料理を出す店に予約を入れてあった。
私は、Sと最初に大阪で食事をしたときと同じワインを注文した。
彼女の一番好きなワインだ。
それには『もう一度最初からやり直せたら・・・』 という
私の願いが込められていた。
席に着くなりSはいきなり
と切り出した。
Sは、自分はすべてを投げ出して
私のところに行こうとしてるのに、
私が子供を手放そうとしないのは
不公平だと言うのだ。
子供は母親のものであり、
夫の家族に親がいても不思議ではないが、
子供連れでは不公平だというのである。
それに、私の子供を見るたび
別れた奥さんを思うのはつらいとも言った。
前の妻のことはもう十分Sに伝えてあったし、
子供を母親に渡せば、
その子供を道連れに破滅していく女性だということは
Sにもわかってくれているはずだと思っていた。
それでも、私はもう一度そのことを話そうとしたが、
「私のこと、女だとは思っていないのでしょう?」
とSは叫ぶように言った。
私はすべてを了解した。
愛してもいないのに、子供の母親が欲しくて接近したのではないか、
とSが考えていることに気がついたのだ。
もちろんそうではなかった。
なかったが・・・あの失敗をどう言い訳していいのか。
私は何も言えなかった。
しかし私はSが「運命の人」ではないと悟った。
子供を手放せないのは運命だったし、
その子供と暮らすことができないということは、
Sが運命の人ではないということだった。
「わかった。今日は別れ話をしに来たんだね。」
私は静かに言った。
Sは少し驚いた顔をして
「ええ、わたしの条件を飲んで下さらないのなら・・・」
と答えた。
「それなら最後の夜だ。今日は楽しく飲もう。」
と私は言って、Sのグラスにワインを注いだ。
Sは私が自分より子供を選択したと思ったかもしれない。
そうではない。
このとき私はSはあれ(幽霊)ではないという確信を持ったのだ。
他の会社の展示会場で会っている。
というか、後姿を見ている。
その後何の仕事をしているのか
聞いてはいないが、
優秀な社員だから
他の会社に引き抜かれたのかも知れない。
そしてその後は、
私の人生に登場することは無かった。
このつらい破局の後、
私はやはりあの幽霊は幻影ではなかったかと疑い始めた。
否、実際に見たとしても私の思い込みで、
「運命」なんて無いのかもしれないと、
Sとのことを振り返っては、後悔に苛まされた。
・・・しかしそうではなかった。
運命の歯車は静かに、
そして着実に回り続けていたのである。
<続く>

