何となく耳にしていた病名。

でも、どんな病気なのかよくわからずにいて、多分本人もわからない状態のまま酷くなっていったのだと思う。


ネットの時代、私はネットで検索し、難病であること、治らないこと、症状が治った状態を維持していくこと、この病気では死ぬことはないことが書かれていた。


死ぬことはないこと。。。

私はそれを信じたから、楽観的に考えてしまった。


父はネットとは縁のない人だったので、病院での先生の話を聞いて判断する


2、3分で終わる診察。酷くなって私に病院を探したいと言っていた頃まで「痔」だと思っていた。

初めは私も肛門科を探していた。


紹介状を書いてもらったらしく、近くの大きな病院に行くから連れていって欲しい。

そう言われて一緒に向かった病院で、私は病名を聞いた。


紹介状を持っていった病院では、なぜか終始怒られ責められていた。見かねて、なぜ怒るのかを尋ねると、

肛門からの血が止まらないというから、手術が必要(痔)かと思い焦っていた。。。

とのこと。怒ることではない。と思いつつ、話を聞く。


入院するほどではない、通院で診ていけるけど、ここの病院担当医が1人しかいないから、入院しないと対応出来ない。外来だと1ヶ月は待つよ


とのこと。

父は母もいたので、入院はできれば避けたかった。

私も話を聞いて緊急性はないのかと思ったので、通える近くの病院を探す。


この時点で、五分に一回くらい血便が出ていて、顔色は白かったのに。。

貧血の値は9.7

少ないなと思いつつ、近くの病院で受け入れてくれるとのことで、安心した


それから毎日不調のため通院。

重症だと診断されたのが、それから1週間後だった。

通院先で内視鏡で見ての判断。

入院を勧められたらしいけれど、私には言わなかった。

仕事が忙しいから休めないのを知っていたから言えなかったのかも知れない。


それからも通院を続け、私も付き添う日があったが、病院からも特に話がなく、入院を勧められていたと知ったのは、それから1週間先で、本人が入院する気になり、私に伝え付き添いを頼んできた時だった。


入院したら良くなるだろう。


安心して向かった先、

ここでは見られません。


と言われ、病院を探すことに。

どこも受け入れてもらえず、次の日、私の家の近くの私が入院していた病院に外来でかかり、そのまま入院した。


受け入れてくれてホッとして、これからは良くなると信じて、早期の退院を望みながら、母親を私の家に呼びすごした。