帰りの添乗。利用者さんを送り届け、ドライバーと他愛もない話をし、ゲタゲタと汚く笑いながら、江古田の商店街を抜けていた。
朝・夕となると、それなりに人が増え、ごった返しこそしないものの、わざとと錯覚するくらいに車にまとわりつくのだから、ちょくちょく足止めをくう。
チャリンコ・マダムは時間帯の都合で群れをなし、皆すべからくこぐ足よりも表情にスピード感がある。
そして各々が、曖昧なハンドル裁きで抜群の直角フェイントを見境無しに繰り出してくる。
ボールも持たずに、だ。
トップスピードな表情でまさかの高速直角フェイント。
しかも切り返しの早さに置き去りになるのは、マーカーではなく己の視線である。
本人すら意図しないノールックでの揺さぶりにより、全方位的撹乱、まんまとゴール前どフリーを成し遂げる。
さらには、バーゲンなどで垣間見せる驚異的な決定力。
ギリギリの飛び込みで品物をもぎ取る様は、あたかもピッポ。
そして、ピッポの群は各々のゴールを目指し飛び込み続けるのだ。
駐輪スペース、はたまた商品棚、そして事もあろうに走行中の車両の前にまで飛び込むものだから、もはやどこをゴールとしているか定かではない。
これを迷走というのだろうか。
いたいけなガキンチョ共も馬鹿にはできない。
奴らこそ江古田のダイナモ、四方八方でストップ&ゴーを繰り返し、何か得体の知れないものを執拗に追い回すのだ。
見ることはできないが、あれは恐らくスターだ。
中にはスター気取りもいるだろうが、そうではない。
ペカペカ光ってピョンピョン跳ね、体に当たると突発的に早くなるアレだ。
呆れるくらい走り回り、さらにスターをも奪取するものだから、あたかもジャンプのタイミングを計れず穴に突進するマリオ。
急激な加速では、子供の反射速度をもってしても止まれん。
ゲタゲタ笑っているところを見ると、止まる気なんぞ更々無いことがよく解る。
もはや狂気の沙汰である。
何が楽しいか、そんなものは本人に聞いてみても理解はできない。
いくら穴がないとはいえ、何でもかんでもぶっ飛ばす無敵っぷりには大概にしろと言いたい。
最近の子は、ウンコとチンコじゃもの足らないのか。
笑いならがら道路に飛び出すのは、なにもガキンチョだけではない。
ここでは大概がサラリーマンである。
その様は嘔吐する直前の行動に酷似しており、天を仰いだ途端に地に伏せ、必要とあらば繰り返す。
地団駄を踏むものもいれば、片膝をつくもの、横になるものまで様々だが、一様にして笑顔と形容していいの表情を見せている。
これがマスゲーム(解るだろうか、同年代福井県民。あの懐かしき集団演目である。)でないとすれば、絵にかいたような『笑い転げる』ではないか。
あすこに転がるスーツの男は笑い転げている。
回りにたかるスーツの男たちも笑い転げている。
経験から察するに、こんな場合は相当に下卑た内容なのだ。
恐らく、いや、きっと、ウンコとチンコに違いない。
男子よ、永遠なれ。
踏切では、ゲートがあく瞬間の反射に意欲を燃やす猛者どもが集い、あまりの熱気に、賞金でもかかっているのかと、ギャンブル歴皆無の私まで手に汗握る。
一人のチャリ青年は、抜群のスタートダッシュをと気負い、暴走族も真っ青な蛇行運転をしでかす。
また一人のチャリ娘は我が物顔でショートカット、つまりはルール無用の斜め横断で、言うこと無しの失格である。
ここで最もスムーズなスタートを切るのが女児である。
静かに、隅を、危なげなく。
お前ら、この子の爪の垢でも煎じてみたら如何か。
こんな道通らなければいいのに、それはごもっともだ。
こちらとて通りたくはない。
真っ只中に用がなければこんな道ごめんだ、とドライバーは語る。
おっかなびっくり、徐行でたらたら今日も行くのである。
朝・夕となると、それなりに人が増え、ごった返しこそしないものの、わざとと錯覚するくらいに車にまとわりつくのだから、ちょくちょく足止めをくう。
チャリンコ・マダムは時間帯の都合で群れをなし、皆すべからくこぐ足よりも表情にスピード感がある。
そして各々が、曖昧なハンドル裁きで抜群の直角フェイントを見境無しに繰り出してくる。
ボールも持たずに、だ。
トップスピードな表情でまさかの高速直角フェイント。
しかも切り返しの早さに置き去りになるのは、マーカーではなく己の視線である。
本人すら意図しないノールックでの揺さぶりにより、全方位的撹乱、まんまとゴール前どフリーを成し遂げる。
さらには、バーゲンなどで垣間見せる驚異的な決定力。
ギリギリの飛び込みで品物をもぎ取る様は、あたかもピッポ。
そして、ピッポの群は各々のゴールを目指し飛び込み続けるのだ。
駐輪スペース、はたまた商品棚、そして事もあろうに走行中の車両の前にまで飛び込むものだから、もはやどこをゴールとしているか定かではない。
これを迷走というのだろうか。
いたいけなガキンチョ共も馬鹿にはできない。
奴らこそ江古田のダイナモ、四方八方でストップ&ゴーを繰り返し、何か得体の知れないものを執拗に追い回すのだ。
見ることはできないが、あれは恐らくスターだ。
中にはスター気取りもいるだろうが、そうではない。
ペカペカ光ってピョンピョン跳ね、体に当たると突発的に早くなるアレだ。
呆れるくらい走り回り、さらにスターをも奪取するものだから、あたかもジャンプのタイミングを計れず穴に突進するマリオ。
急激な加速では、子供の反射速度をもってしても止まれん。
ゲタゲタ笑っているところを見ると、止まる気なんぞ更々無いことがよく解る。
もはや狂気の沙汰である。
何が楽しいか、そんなものは本人に聞いてみても理解はできない。
いくら穴がないとはいえ、何でもかんでもぶっ飛ばす無敵っぷりには大概にしろと言いたい。
最近の子は、ウンコとチンコじゃもの足らないのか。
笑いならがら道路に飛び出すのは、なにもガキンチョだけではない。
ここでは大概がサラリーマンである。
その様は嘔吐する直前の行動に酷似しており、天を仰いだ途端に地に伏せ、必要とあらば繰り返す。
地団駄を踏むものもいれば、片膝をつくもの、横になるものまで様々だが、一様にして笑顔と形容していいの表情を見せている。
これがマスゲーム(解るだろうか、同年代福井県民。あの懐かしき集団演目である。)でないとすれば、絵にかいたような『笑い転げる』ではないか。
あすこに転がるスーツの男は笑い転げている。
回りにたかるスーツの男たちも笑い転げている。
経験から察するに、こんな場合は相当に下卑た内容なのだ。
恐らく、いや、きっと、ウンコとチンコに違いない。
男子よ、永遠なれ。
踏切では、ゲートがあく瞬間の反射に意欲を燃やす猛者どもが集い、あまりの熱気に、賞金でもかかっているのかと、ギャンブル歴皆無の私まで手に汗握る。
一人のチャリ青年は、抜群のスタートダッシュをと気負い、暴走族も真っ青な蛇行運転をしでかす。
また一人のチャリ娘は我が物顔でショートカット、つまりはルール無用の斜め横断で、言うこと無しの失格である。
ここで最もスムーズなスタートを切るのが女児である。
静かに、隅を、危なげなく。
お前ら、この子の爪の垢でも煎じてみたら如何か。
こんな道通らなければいいのに、それはごもっともだ。
こちらとて通りたくはない。
真っ只中に用がなければこんな道ごめんだ、とドライバーは語る。
おっかなびっくり、徐行でたらたら今日も行くのである。