仁和地震
テロの犯行グループのISについて、イスラム国の正体、イスラーム国の衝撃、に詳しく紹介され、これはとんでもなく怖ろしい集団のようです。
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さて、869年の貞観地震は東日本大震災と同じ三陸沖の巨大地震として有名ですが、その9年後の878年には相模・武蔵地震、さらにその9年後にも南海トラフの仁和地震という大地震が起きました。
相模・武蔵地震も超巨大地震で、日本三代実録には全ての建物が崩壊したと記され、震度は7だったと推定されます。
仁和地震についての記述も規模は宝永地震を上回ったと考えられ、特に津波による被害も甚大だったようです。
内陸の八ヶ岳でも山麓が崩壊し、一時的に堰止湖ができて、それが1年後に決壊して土石流が発生し、洪水も起きました。
九州での被害も記録され、広い範囲で揺れが激しく、マグニチュードは大震災に匹敵する8.6くらいの超巨大地震でした。
古文書から、京都での震動は2時間以上だったと見られ、広大な震源域と長い長い震源時間を持つ多重地震で、余震も活発だったと窺われます。
これが貞観地震から18年後ですので、大震災から20年位は警戒しなければいけない時期に当たります。
過去の活動期には、このように地震や津波は連続し、そして連動型さえ日本を襲っています。