私は隙自語が好きだ
自分が大好きなので自分の話しかしたくない
他人に興味が無い訳では無い、むしろ好きだ
だが私はそれより遥かに自分のことが好きである
早速だが出生から幼稚園に入るまでを辿ってみよう
時は遡り19年と10ヶ月前、広島県にて私は生まれた
言葉を話すのが早く歩くのも早かった私はすくすくと成長していったが顔だけはどうしても可愛くなかった
兄は私とは反対に話すのも歩くのも遅かったが顔はとても可愛かったらしい、写真を見せてもらってもたしかに可愛い
だが私は有り得んブサイクで兄と歩いていても兄妹だと思われなかったそうだ、ちなみに弟はとっても可愛い
お陰で幼少期の私の写真が2枚しかない、兄と弟はアルバムそれぞれ5冊ほどありきちんとラベリングされている、几帳面な母の性格が出たのであろう
一応言っておくが写真が少ない、という事実を知っても私はショックではなかった
その事実を知った頃にはそれなりに考え方が成長していたことと、そういう家庭だと割り切っていたことが幸いしたであろう
むしろ今よりもっと酷い顔の写真が2枚しかなくて良かったとさえ思っている
顔が良くない分他が発達したのか頭だけは良かった
関連して話をすると3歳で私は九九を全て覚えた、と言ってもおそらく語感だけで意味はわかっていなかったが、記憶力は良かった
そのような感じで敬語を話せるようになったし、足し算引き算は出来るようになったし、文字の読み書きも出来るようになり友人に絵本の読み聞かせをしていた、加えて近所に住んでいたオーストラリアから来たお友達と仲良かったお陰で英語も少し話せたらしい
私は全く覚えていない
友達はいなかったがその分頭が良かったので全く気にしていなかったし、友達から何も言われなくても周りの大人が賢いねと評価してくれたことがとても嬉しかった
私はそれを生き甲斐にしていた
幼稚園までの私はこのような感じである
そろそろ何を書いているか分からなくなってきたので次は幼稚園時代を綴ろうと思う
自分が大好きなので自分の話しかしたくない
他人に興味が無い訳では無い、むしろ好きだ
だが私はそれより遥かに自分のことが好きである
早速だが出生から幼稚園に入るまでを辿ってみよう
時は遡り19年と10ヶ月前、広島県にて私は生まれた
言葉を話すのが早く歩くのも早かった私はすくすくと成長していったが顔だけはどうしても可愛くなかった
兄は私とは反対に話すのも歩くのも遅かったが顔はとても可愛かったらしい、写真を見せてもらってもたしかに可愛い
だが私は有り得んブサイクで兄と歩いていても兄妹だと思われなかったそうだ、ちなみに弟はとっても可愛い
お陰で幼少期の私の写真が2枚しかない、兄と弟はアルバムそれぞれ5冊ほどありきちんとラベリングされている、几帳面な母の性格が出たのであろう
一応言っておくが写真が少ない、という事実を知っても私はショックではなかった
その事実を知った頃にはそれなりに考え方が成長していたことと、そういう家庭だと割り切っていたことが幸いしたであろう
むしろ今よりもっと酷い顔の写真が2枚しかなくて良かったとさえ思っている
顔が良くない分他が発達したのか頭だけは良かった
関連して話をすると3歳で私は九九を全て覚えた、と言ってもおそらく語感だけで意味はわかっていなかったが、記憶力は良かった
そのような感じで敬語を話せるようになったし、足し算引き算は出来るようになったし、文字の読み書きも出来るようになり友人に絵本の読み聞かせをしていた、加えて近所に住んでいたオーストラリアから来たお友達と仲良かったお陰で英語も少し話せたらしい
私は全く覚えていない
友達はいなかったがその分頭が良かったので全く気にしていなかったし、友達から何も言われなくても周りの大人が賢いねと評価してくれたことがとても嬉しかった
私はそれを生き甲斐にしていた
幼稚園までの私はこのような感じである
そろそろ何を書いているか分からなくなってきたので次は幼稚園時代を綴ろうと思う