幼稚園に入る前、大勢の知らん子供の中に放置されるのが恐怖だった。無論、友達はほとんどいない。
「一緒に遊ぼう」って誘われても、怖くて母親にしがみついている子だった。
集団が「なんだこいつつまんねーの」って遠くへ行ってしまってから、おそるおそる奴らが放置してったおもちゃでひとり遊びをはじめた。
夢中になって遊んでたら「あーーー!こいつ!さっき遊ばないって行ったのに勝手におもちゃさわってるーーー!!」と一斉に集中砲火を受けて、また母親の後ろに猛ダッシュで隠れた。
いまだに私は人の群れが怖い。
幼稚園のとき、友達が出来た。友達、と言っていいのだろうか?Fちゃんは、たまたま近所にいた金持ちの家の一人っ子のわがまま娘で、自分の親のことを「お母様」「お父様」とか呼ばされてた。
家にあそびにいくと高級そうな外国の菓子などがやまほど出てきて、それとおなじくらい高級そうな触っちゃいけないものがあちこちに置いてあったり飾ってあったりした。
Fちゃんは親が留守中には私を誘って禁忌をよくやぶった。
ロッキンチェアで激しく揺れて遊んだり、各種健康器具などによじのぼったり、近所の柿の木の柿を根こそぎ盗んだり。私は断れなくておずおず後ろをついていった。
見つかるとFちゃんだけが、お母様からものすごい勢いで罵倒され、横っ面をはられていた。
私はそれをまるで対岸の火事のように謝りもせず無表情で見つめていた。
謝りもせずというより、怖くて口も聞けず、動くこともできなかったのだ。
幼稚園では、その子はよく自分が子猫になったような振る舞いをして、仲の良い友達にすりよったり猫の鳴き真似をして甘えていた。
私にだけは、牙をむいて逆毛を立てて威嚇するようなジェスチャーで、何度も肩に噛み付いてきた。
「やめて」と言うことも出来ず、逃げることもせず、ただ黙って噛まれていた。
Fちゃんは先生のいないときに私に噛み付いてくる。
母は私の肩にあるいくつかの歯型に気づいたが、私に何も聞かなかった。私も母に何も喋らなかった。
私はいまだに猫の鳴き声を真似てしゃべるヲタ系の女を見ると、イライラする。
ハンカチを忘れたその子に、私のハンカチを貸してあげると、無言で投げて返された。
小学校に入って別の友達Aちゃんが出来て、仲良くなった。
Aちゃんは、私が犬やうさぎが出てくる漫画を描いてると、熱心に読んでくれた。
私の絵を好きなってくれて、最初は仲が良かった。
でもそこにFちゃんが入ってくると私ひとりがいじめの対象になった。
私がかけっこが遅いのと、木登りがあまり得意じゃないのと、要するに運動音痴なのが絶好の二人のからかうポイントになった。
執拗にそのことをからかわれて、無言で家に帰ったことが一度だけある。
Aちゃんだけが迎えに来てくれた。私は怒らなかったし、Aちゃんたちから謝られた記憶もない。
いまこの文章を入力しながら泣いている。
悔しかった、腹立たしかった、
私の運動能力がほかの人より劣っているのは私のせいじゃないのに、何でそのことについてこんなに馬鹿にされて仲間はずれにされなきゃならないの?
どうして誰も「どうしたの?」って聞いてくれなかったの?
先生も お母さんも お父さんも お姉ちゃんも
どうして誰も私を助けてくれなかったの?
どうしてかわからないけれど、私は周りの人は誰も自分の味方になってはくれないことを最初から知っていたような気がする。
はっきり言わないお前が悪い、やられっぱなしのお前が悪い、どんくさいからいじめられてもしかたない
そんなふうに言われるに決まってる、と妙に確信を持っていたのだ。
そして、その確信は、今も変わっていない。
言葉を発することは事態をよけい悪くするだけ。どうせ人は誰も、私を助けてはくれない。貝のように黙って身を固くして、存在を消すのだ。嵐が過ぎ去ってくれるのを待つのだ。
記憶の一番古い時代よりその前から、そんな中核概念が私の中に形成されていた。
誰がこんなことを私に教えたのだろう???

