玲子の場合 第2章 ACT14 | キャリアウーマンのそれぞれ -「タレントの卵・営業日誌」連載中-

玲子の場合 第2章 ACT14

 山下と玲子の食事が終わる頃、関根常務がやってきた。
「すまないね、待たせてしまって。」
 残されているデザートの皿を見て、2人の食事が終わっているのを確認した。
「私も向こうで同じコースを頼んでいたのだが、どうだった?」

 山下が頭を下げながら、先に返事をした。
「美味しく頂きました。」
 玲子も山下の後に続き、言葉を添える。
「さすが、関根常務のご贔屓にしてらっしゃるお店ですね。味付けも盛り付けも気配りがありましたし、上品な器が綺麗で見惚れてしまいました。」
 素直に喜ぶ玲子の表情に、関根常務も顔が綻んだ。
「やはり、女性の見るところは違うねぇ・・・。」

 同じ料亭内の移動だった関根は、部屋に入ってきた時から既にスーツのボタンが外され、リラックスしたムードを漂わせていた。
 足を崩して座りなおした関根が山下に尋ねた。
「で、話しの方は大体してくれたのかね?」

 山下は関根と対照的に姿勢を直した。
「はい。ただ、本人からの意見を、私はまだ聞いておりません。常務に直接お話するように言いましたので。」
 山下は一呼吸置いて、玲子の方へ向いた。
「もう、僕は君の直接の上司ではない。君の率直な気持ちを常務に直接お話ししなさい。」

 関根の方へ頭を下げた山下は挨拶の言葉を口にした。
「私はこれで失礼させて頂こうと思います。」
 立ち上がり、部屋を出ようとする山下に関根が声をかけた。
「おいおい、そんな冷たいこと言わずに・・・一緒に話しを聞いてやらないのか?」
 山下は部屋を出たところで振り返った。
「いえ、私は彼女の上司ではありませんから。」
 もう1度頭を下げ「これで失礼します」と山下は帰っていった。

 きっぱりと言い切る山下を見ていた玲子は、捨てられた子犬のような気持ちになった。
 山下が最後まで同席してくれるものと思い込んでいただけに、不安に駆られたのだ。
 しかし、玲子は山下の最後は自分で自分に責任を持たせるように突き放すやり方が昔から変わっていないことに気がついた。
 山下は部下に揺るぎ無い信頼と愛情を持って、育て伸ばす・・・「そうだ、私は山下部長にまだ期待されているのだわ」と玲子は思った。

 部屋を出る時の山下の笑顔は玲子に向けられたものだった。
「頑張れ!自分の力でここまで登って来い!」と言われたのと同じだ。
 不安で一杯だった玲子は平常心を取り戻し、関根に自分の仕事に対する思いをどのように説明し、どの方向に持っていこうかと考えていた。

 黙ったままの玲子に関根が声をかけた。
「もう酒はいいのかな?まだ飲めるようなら頼むんだが・・・。」
 山下と一緒に飲んだ日本酒で酔いを自覚していた玲子は喉が乾いていた。
「いえ、熱いお茶を頂きたいのですが。」
 関根が部屋の隅の電話へ手を伸ばし、お茶を2つ頼むと、しばらくしてお茶が運ばれてきた。
「ここを片付けたら、しばらく声を掛けないでほしい。込み入った話しになるから。」
 お茶を運んでくれた女性が「わかりました」とデザート皿を下げ、部屋を出ていった。

 廊下の足音が遠ざかるのを待って、関根が玲子に話しかけた。
「さて、山下くんから説明されているとは思うが、この春に君を昇進させようと言う話しが出ているんだよ。女性の本社昇進は前例がないんでね、色々悩むことも多くて・・・。」
 関根は夕方の会議の内容を玲子にかいつまんで聞かせ、もう1度質問した。
「で、実際のところ、君の仕事に対する考え方はどうなんだね?」

 玲子は同僚からの嫉妬による嫌がらせに対する不安も、それに負けずにやっていきたい気持ちも全て正直に話した。
 包み隠さず話すことで、関根の判断を変えるようなことがあるのも承知の上だ。
 社内の人望も厚い関根の意見で玲子の昇進が決まることも、玲子はわかっていた。

 頷きながら聞いていた関根が黙って考え込み始めるのと同時に、玲子は突然尿意を催した。
 山下と一緒にいる時間を減らしたくなかった玲子は、会話の途中で中座してまでトイレに行かなかったのだ。
「あのぉ、大変申し訳ないのですが・・・化粧室に・・・。」
 玲子は露骨にトイレとは言えず、言葉尻を濁した。
「ああ、ここは離れになっていてね。トイレならその扉の向こうにあるよ。」
 関根は廊下の反対にあたる奥の引き戸を指した。

 玲子は部屋に案内される時に、日本庭園に見立てた中庭を見ながら、曲がりくねった廊下をしばらく歩かされたことを思い出し、この部屋が突き当たりの離れになるのだと理解した。
「すみません。」と玲子は一礼して立ち上がり、引き戸を開けた。

「あっ・・・。」
 玲子は小さな声をあげて絶句した。
 扉の向こうは灯りを落としたような畳の部屋になっていて、薄暗がりに目が慣れた玲子は、真新しいシーツを施された真紅のダブルサイズの寝具が設えてあるのを発見し、立ち竦んだのだった。

 玲子の背後には音もなく忍び寄る関根の姿があった。


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