女湯をのぞくというのは、男達の中で何千年と受け継がれている青春の意志です。



ナミに限らず、幸せパンチっていうものはどの世界でもお金がかかります。



だからというわけではないですが・・・それに、単に女湯をのぞくといっても、そこには色んな物語が詰まってるんです。



どうせカワイイ娘はタオルを巻いている・・・・・・愚か者は極まってそう言います。



あなたが怖がって諦めたあれは、社会に出れば責任という点でもますます見られなくなる「男子禁制の間」。



おばさんは男湯の掃除を平気な顔して毎日繰り返すけど、おじさんは女湯には入れない。



その娘が可愛いとか可愛くないとか、隠してる隠してないとかは問題ではないのです。



わずかな隙間から広がる世界・・・



それこそまさに、アルバムにはしまえない、唯一無二の蜃気楼!!!



・・・



・・・少しだけ冒険をしました。



それは広い露天風呂を出て探す絶望の旅でした。



湯船を離れて歩く石畳はとても寒く、そこにそびえたつ男と女を隔てる仕切りは信じがたく力強い。



前を歩く仲間のリーダーは見た事もないイチモツ。



自分の・・・・・・キノコとたがわぬぶらりんこ。



3つの忍び足は、時に静かに、一人いるじいさんの目を気にするようにキョロキョロ眺め・・・



時に騒がしく、目的を忘れ、その旅自体を楽しむようにケラケラ笑います。



強く冷たい壁を沿うように一周した頃、露天風呂の入り口辺りに、小さな死角を見つけました。



そしてリーダーは、私の肩を叩いて叫びたい衝動を必死に我慢して囁きます・・・



「お前にはあの光が見えないのか?」



闇にあって決してじいさんからは見えないその不思議な死角は、踊るように鼓動を大きく高めていきます。



リーダーには逆らわず、しかしその光へ我が先にとまっすぐに、ベストポジションを・・・



そして指を差します・・・「みろ隙間があった」



法律はやがてこれを犯罪と呼ぶけれど、私にはその曲線美だけが罪。



そして・・・



みんなァ!!!



裏切りを!!!打ち明けたいの!!!



私・・・みんなには教えません!!!


今までで一番のありがとう!!!



思い出はみんなと共有したいけど、私はやっぱり、女の裸を見ていたいから!!!!



・・・だから教えません!!!



私は・・・私はここに残るけど・・・・・・!!!



もしみんなに教えたら!!!もう一度見るチャンスは回ってくるんですか!!!?

 


しーーーーん・・・



・・・



・・・


「×」



ということで・・・



〝湯気をキノコに〟



〝口を閉ざせ〟



〝我らはのぞき穴を継なぐ者〟



ピンクの灯をともせ!!!



武運を祈ります。



タイトルはこれでも、大蛇の胃袋の中で行われた会話の最初の一言です・・・そうです、ルフィです。



おそらく、“私達”はヘビに食われたのだ、とナミ達がルフィに説明したんだと思われます。



でもその説明が、漫画の中ではあえて省いてある・・・ホント巧いです。感無量。



話の最初に説明があるのとないのとでは、そのボケのインパクトがドーンと違ったはずです。



もし、271話の最初にナミの説明が入っていたとしたら、一体どうなっていたことか・・・・・・ヒイィイイ



いやいやおそろしいですね。こっから先は読まないほうがいいですよ。ゲロゲロですから。



ではちょっとその「説明の説明」の前に、ルフィの状況を整理します。



ルフィは、自分がヘビに食われたことを知らないで、ずっとそこを「不思議洞窟」と思っていました。



そしてなかなか出ることができず、一人さびしく泣きべそをかいてたわけです。



そういうつら~くつまらな~い状況だったわけです。


だから、そこに登場したナミ達というバラエティあふれる団体は、一人ぼっちだった自分と相対するものと思うのが自然です。



一方、ここが胃袋と知っているナミ達は、同じ胃袋の中にいるルフィをごく自然に、自分達と同じ団体とみなしてしまう・・



そこに“私達”という空間の捉え方の、大きな溝ができたのです。



わかりにくいなら、胃に溝があると思えばいいのです・・・胃潰瘍ですね。



したがって、ルフィは「そりゃ大変だったな・・・!!お前らヘビに食われたのか・・・!!」となる。



ナミの“私達”にルフィはいなかったのです。



このようにもし、ルフィの立場になる隙が、話の最初に与えられていたとしたら・・・



最大限に活かせたその場所と言葉のギャップに余計な影ができるんですね~すんげ~な。



そしてこの「説明の説明」が一番余計だった。。。



想像でやりだすと止まらなくなる悪い癖です。一旦お返しします。



ボケの一つにしてもこれだけ想像が広がるんだから、全部やってたら一生終わりませんねこりゃ。



でも、いろいろ情報を探し出すと、自分がまだワンピースのこと全然わかってないのがよく分かるんです。



だからまだ想像の部分が多いブログなんです。



こんだけ語っといて恥ずかしいかぎりです・・・穴があったら独り占めしたい。



でもないものばかり数えるのはやめにします。そんな暇じゃないんで。



欲張らず、しかし与えられるものは真摯に受け止め、信じたものは疑わず、最後までふざける。



そういう道をこれからも歩んでいきたい。



オカマ道の2ブロック先を左にいったところにある、くねくねした坂道がそれです。



よろしくお願いします。



・・・だけどその剣士は鉄だって斬れる。同じ刀で。訳わかんないですよね。



まぁでもつまりは、守りたいものを守り、斬りたいものを斬る力がある剣士、ということです。



触れるものみな、傷つけるような剣が最強ではないのです。



この「剣道」に関して、少し思い出があるので、お付き合いください。



あれは確か、小学6年生ぐらいの頃のこと・・・学校の体験学習か何かで、日本刀を持たせてもらったことがあったんです。



その刀を握ったときは、よく言われる「思ってたより重い」みたいなことも、もちろん感じました。



しかし、それ以上に「怖い」という感覚を強く察したのを、今でもよく覚えています。



(正直言うとあまり覚えてませんが、都合よくいきます。)


だってホント何でも切れそうな感覚があって、握ってるだけで何か傷つけちゃいそうで・・・



その恐怖で慌てて刀を下ろしたような記憶があるんです。



まさに、触れるものみな傷つける剣・・・



今思えば、それがどれだけ剣士として脆いことなのかよくわかる気がします。



そしてそれ以来、少し刃物にトラウマがあって、特に、人が包丁を持っていると落ち着きません。



一方、自分では全然包丁握れます。たまねぎのみじん切りが大好きなんです。ポロッ



たぶん、大切な人が傷つくことに対して、人より敏感になっているんでしょうねぇ。。。いい話だ。



な、なのにゾロおまえ・・!!よりによって刀くわえるとか・・!!なにやってんだよマジ説教。



ということで、この現象を「思いやりの恐怖」と呼ぶことに決めました今。イマイチだけど大切にします。



それにしても剣とかオノとかあんな危険なもの、その辺で振り回されたら、そりゃもうたまりませんね。



いやいやほんと、今の、この世界に生まれたことに感謝です。



そういうことで、申し遅れましたが、ゾロの武士道にはこれからも期待したいです。



特に、被災地に行きたいと思っている素人さんへ強く伝えたい今日のタイトル。



志だけが異常に高く、冷静さに欠けてる人は、現場ではすごく危険です。



その、あなたの救おうという優しさが、中途半端な知識や腕のせいで逆に、その人を傷つけるかもしれない・・・



場合によっては、命に関わるかもしれないのです。



素人が人を救おうということは、それだけのリスクを覚悟しなければならない・・・



だから医者や、自衛隊がいるんです。



メディアの情報に流されて、あいつらは本当に最善を尽くしてるのか?と焦る気持ちはわかりますが、信じましょう。



だって人を救おうとしてるんです。あいつらは。頑張ってるに決まってます。



そこでなんですが、今あなたがすべきこと・・・それは、地震が起こる前の日常に近づけて生活するということです。



今だからこそ、あえて、あの目の前に集中していた日々に戻すことが必要なのです。



それによって、震災に襲われたはず、の日本が、他国も目を見張る復興を遂げることにつながるのです。



もちろん基本的に、被災地じゃないところにいる人の話です。節電もしたうえで。



ではなぜ、一見被災者を忘れるようなやり方をする必要があるのか説明していきます。トイレは今のうちに。



えぇ・・・それでは、もし今、あなたがお小遣いを割いて募金をしようと思ってるとします。



でもそのお金はいつ、どのように使われるかちゃんとわかってますか?



復興には何兆もの資金が必要です。だからいくら募金してもしたりません。それは分かっています。



しかし同時に、復興には長年の期間がかかります。



だから今日10兆円あるからといって、明日家が建つわけではないのです。



素晴らしいことに、全国から、世界から、わずか一週間で何百億円もの募金が集まっていると思われます。



ところが、そのお金はすでにもう出番待ちの状態になっているのです。



つまり、そのあなたの、今、募金したお金は、もしかすると何年も金庫か通帳かどこかで動けずにいるかもしれないということです。



お金が動かないというのは、不況の最大の特徴のひとつです。



もし募金の集中が、経済破綻の要因になったと後で分かったら、それこそ被災者達はどんな顔して復興すればいいんですか?



だからそうならないよう、あなたは今そのお金を、募金以外に使うべきでなのです。



募金するにしても、それは今じゃありません。



例えば、そのお金であなたがCDを買ったとします。すると当然、音楽業界が儲かります。



そして、その音楽業界の人が、かつてあなたの財布にいたお金で弁当を買って食べれば、食品業界が儲かってごちそうさまです。



さらに、その食品業界の人が、あなたの思い出のお金でONE PIECEを買えば、きっとエースも天国で喜んでくれます。



そうやってあなたのお金は、あなたのもとを去って、立派に旅をするのです(表現が三流ポエマーなのはそっとしてやってください)。



また、旅の途中で誰かが、あなたの温もりのわずかに残ったお金を募金することも有り得ます。



つまり、今あなたの手元にあるお金を募金以外のものに使っても、何らかの形で、被災者のとこにまわっていく可能性を十分に期待していいんです。



特に、みんなが輪になればなおさらです。



お金はめぐらせることであらゆる人が助かります。これが神の見えざる手です。・・・違ったような気もします。



このめぐるという現象は、もちろんお金の話だけではありません。



物事のあらゆる可能性をめぐりめぐって示唆すれば、できることは必ずあります。



とにかく、日本のために価値があると、あなたが思うことなら何でもいいのです。募金もそうだと思うならそれも正解です。



いずれにせよ、今すぐ焦って短絡的に行動するのではなく、長期的スパンで考えることが大事になってきます。



過去には、その無計画のせいで、大切な募金が無駄なものに使われたこともあるのです。



さらにはもうすでに、ユニセフの募金の一部は海外に送られたようです。



ですのでぜひ、日本のために、あなたの、あなたにしかできないことを熟考してみてください。



これだけ訴えてもなお、被災者のために今すぐ何かしたいというのなら、それなりの知識を身につけな!!ってことです。知層ですね。



そういうことですので詳しくは明日の夜9時からワンピースの映画をご覧下さい・・


裏ではデカワンコっていうドラマ・・・つまり、犬vsたぬきです。



それと、もちろんこの記事の考え方も、ワンピースありきです。つながってます。えいえいおー

日本人はこんな大変な時なのに屈強だ、と一部の外国メディアが報じたらしい・・・



それはともかくというか・・・今の若者がこれを素直に受け止めて、俺達はすごいんだ、とは思ってほしくないですね。



正確に言うと、すごいのはここまで日本を育て上げてくれた世代・・・まぁ、おじさん、おばさんです。



その世代の日本人が頑張ったからこそ、今の若者は当たり前のように衣食住が用意されているんです。



そんな時代を生きる今の日本人は、地震が起きても色んな面で余裕がある、だから落ち着いていられるに過ぎないと思います。



つまり、もし日本の経済的水準が低くて貯蓄の少ない国だったら、当たり前のように窃盗や暴動が起こって大混乱になっているはずです。



今の日本は、人がすごいんじゃなくて、国が、技術が、歴史が、すごいということです。



人としては他の国と大して変わらない。それ以下かもしれない。



したがって、外国の評価に照れてる場合ではないのです。



日本は危険な状態なんだと気づかなければならない。



「ケガで済まなかったら・・・どうするんです・・・!!!」



なんたって本来、国とは人、特に今を生きる人なのです。土地でもなく、資源でもなく、歴史でもなく・・・



経済が破綻したから何?それでこの国が終わっちゃう?違うでしょう!?経済だけが日本じゃないもんね!!?



大事なのは今を生きる人が、道徳的、倫理的な意識を高め、それを育てること。



強い心があれば、たとえ何もなくたって国は必ず再生します。



日本は今、論理的かつ策略的になりすぎて、「人の心」の入る隙間がどんどん狭くなっている・・・



そんな気がして、背中がかゆいです。


っていうまぁ・・ワンピースに基づく一つの考え方です。



特に後半なんか、ワンピース好きとして言ってみたかっただけです。



しかもぼくは、褒められて伸びるタイプです。こだまでしょうか、いいえ、誰でも。