甫ノ木道にやってまいりました、
この道は舗装されていますが、多分雰囲気は当時とさほどかわらないのではないかな?
この辺・・・
この道は特攻隊員の方々が、この道を通り・・・禁断の夜間外出していた道です
また、このあたりは物資などを格納していました。
戦後から数十年は格納庫など、残っていました。
このあと、地下壕電信司令室壕のある個人宅へ伺いました、
突然の訪問にも関わらず、快くOKしてくれました。
壕の中へ入っていきます
「一応電気は点くけれど、電球が切れているところが数カ所あるみたいなのよ・・・気をつけて行ってきてねっ」とおばさんが声をかけてくれました 優しいんだよねぇ・・・ほんっと

あっホンマや・・・電気ついてないところあるわ・・・
↑内部です
戦後、この土地に移り、元陸軍士官学校へ行っていたお父様の
ご好意によって、この地下壕は残されています
「いつか、後の人たちに、きっと役立つ時が来る」
と言って当時爆破し撤去する予定だったのを反対し、残してくれた壕です。
ここで、沖縄に向け連合軍の艦隊へ飛び立った隊員からの最後の通信を受信していたのかと思うと、なんとも言えない気持ちが湧き出てきてしまいます
じっくり見させてもらって鍵を返しにチャイムを鳴らすと、先程のおばちゃんのお母さんがわざわざ足が悪いのに出てきてくれました
お婆ちゃん、「私も戦時中神奈川にいたのよ・・・」と沢山お婆ちゃんと話してしまいました
足悪くて立つのも、凄く大変だろうに・・・・
懐かしくって・・・と少女のような瞳で沢山当時の話をしてくれました。
お婆ちゃんと「また、来るから」と約束して後ろ髪を引かれる思いで
地下壕跡をあとにしました



