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40歳にしてインド生活、40歳にしてバックパッカー、40歳にして新婚、そんなブログ

インドで仕事をしている40代、旅好きバックパッカー、兼新婚者の私の思いをつづります。

つい先日、結婚式を挙げた。内容盛りだくさんだった。朝9時から夜1時すぎまで、神前での挙式、披露宴、2次会、3次会。和装、洋装、インド服。鶴翔閣や庭園での写真撮影。乾杯、ダルマ開眼式、ビデオ上映、サプライズ婚約指輪贈呈、友人の余興、鎌倉の亀時間でのカレーパーティー、ウェディングケーキ入刀、、、全部やったし、全部やってもらった。

 親族が多いこと、私の友人も40歳超であり若くはないことから、披露宴は静かに進むのではないかと実は懸念していた。しかし予想に反して大変な盛り上がりだった。こんなに笑いが絶えない、そして騒々しい披露宴もなかなかないのではないか。始まる前は、場内が会話に花が咲いている様子がよくわかり、笑い声が漏れてきた。司会の方の煽り方も絶妙だった。開宴後、私が室内にいる間のほとんどの時間は笑い声に包まれていたような印象を持っている。

 2次会も盛りだくさんだった。会場は妻が魂をこめて立ち上げた鎌倉のゲストハウス・亀時間。妻の思い出がたくさん詰まった場所でのパーティー。妻のために鎌倉のみんなが一肌も二肌も脱いでくれた瞬間。手作り感100%で、余興のひとつひとつが心温まるものだった。皆が笑い続けていた。

 良い披露宴だった、素敵なパーティーだった、というコメントをたくさんもらった。でも、それ以上に、「感動した」という声を多く頂いた。参加者の平均年齢が高く、日々雑事に忙しく、感動する機会も少ない年代の方々が多いので、より感動が深まりそうした感想になったのかもしれない。でも、自分の披露宴と2次会が予想以上に盛り上がったことに自分自身が何よりも感激した。妻の友人も素敵な人ばかり。だからこそ感動が深まったのだと思う。

 友人、先輩に感謝したいことは、披露宴、2次会に参加した妻の友人たちの、私を見る目が変わったことである。妻の知り合いからすれば私は突然出現した異邦人。妻をインドに連れ去るデビル。そんな短期間で結婚を決めて大丈夫か?と半信半疑の人も少なくなかったことと思う。でも、私の友人、先輩の披露宴および2次会での振舞いを見て、スピーチを聞いて、私の周囲にいる人たちを通じて、私という人間がどのような人間であるのかの理解を深めて頂けたようなのである。ある人は「マサさんが本当に多く人に慕われていることがよくわかった」と言ってくれたし、ある人は2次会での私の友人、先輩の立ち振る舞いに感激し、その後明らかに私に話しかけてくるときの口調、態度が変化した。さらに翌日にお電話まで頂き、その口調は温かかった。披露宴では妻の親戚の叔母さん、叔父さんから賞賛?のお言葉をたくさん頂いた。

 多くの人が感動した、と言ってくれた披露宴と2次会。それはコンテンツに感動したのでもなく、我々新郎、新婦の言動に感動したわけでもない。主役に対する温かい思いが溢れていた雰囲気に感動したのだ。影の主役はその雰囲気を作ってくれた友人、先輩たちなのだ。そして、妻も同様の雰囲気を醸し出す友人に多く囲まれている。

 良い雰囲気、感動的な場を作り上げるのはコンテンツや演出ではない。結局、そこにいる人たちから醸し出される“思い”なのであろう。その思いを溢れさせることができる友人、先輩を持てたことは本当に幸せだ。それを共有でき、共感できる友人を多く持つ妻と結婚できたことは最高の幸せだ。

 すべての友人、先輩に感謝したい。そして妻に最大級の感謝を捧げる。