自分も、人生の後半に入っているのだと感じた時、
何も職を持たずに暮らしていた祖母の事を思った。
祖母は、
何をして暮らしていたのだろう。


ひとまずは、家賃はいらなかった。
わずかな年金で、96歳まで独りで生き、
売り払った土地の資金を長男夫妻に預け、
その後、介護施設と呼ばれる場所で99歳まで生きた。


最後に祖母と会った時、
口に合わなかったのだろう…毎日配られるというチョコレートが練り込まれたクッキーを、大量に持たされた。
天井を見上げて、
目ヤニと涙にまみれた眼で、「充分に生きた、後悔はしていない」と言った。



花や野菜を育て、預けられた孫の面倒を見て、
鉄工所で働く出稼ぎの男達の、下宿場をしていた祖母が、
下宿を閉め、大きくなった孫達が訪ねる事もない毎日は、どんな年月だったのだろう。
命を絶たなかった祖母を尊敬する。



毎日の先に、何があるのかは私にはわからない。
ただ、今目の前には生活があって、
幼少期から何も変わっていない自分がいる。
きっとそれは、これからも変わる事は困難だろう。
せめて、何度か輪廻するたびに、少しづつ自我が捨てられたらと望む。