古びた時計、僕ら

古びた時計、僕ら

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僕が高校を卒業した時、付き合った人が居た。

その人はよく通ってたCDショップの店員さんで、すごく綺麗な人だった。

人見知りで、優しくて、可愛くて、臆病で。

僕が一方的に好きだった。その人には彼女が居たし、同棲だってしてた。
だから良かったんだ。ただ好意を抱いているだけで。
その人が僕と話をしてくれる時だけでも癒しになれればいいなって思ってたくらいで。

でも、その人は好きになってくれたんだ。

好意を伝えたつもりはなかったし、これからも言うつもりはなかった。
それなのに僕に好意をもってくれたんだ。

嬉しかった。

でも他人から奪う様な感覚に僕は申し訳なくて…
すぐに別れてほしいなんて言わないし、すぐに付き合ってほしいなんて言わなかった。

彼が困らないようにしてもらえばそれでよかった。

でも彼はすぐに別れて僕を選んでくれた。
泣きそうな程嬉しかった。
もっと好きになった。

それからは凄く幸せだった。凄く凄く。

彼はあまり話さない人だけど、僕のくだらない独り言のような発言に逐一返事をくれた。
そんなところも大好きだった。

でも彼の実家と僕の実家は遠かった。
車で峠を越えて40分ほどかかった。
彼はいつも僕を実家まで送ってくれた。
僕の親は厳しかったが、彼は礼儀正しく、とても気に入られていた。

でも、人のものを奪った報いか罰か、そんな時間は長くは続かなかった。
付き合い始めて3ヶ月、彼は事故にあった。

交通事故だ。

僕を家に送ってくれた帰り道だった。
彼は仕事で疲れてるのに学生の僕を家まで送り届けてくれた。
「シートベルトしなきゃ駄目だよ?」って言ったことはあった
でも何度も言わなかった。それがいけなかった。馬鹿だった。

彼は居眠り運転で峠の下り道、ワゴン車と正面から衝突した。
彼の車は軽だった。
ワゴンは凹みはしたものの、けが人は居なかった。
彼の車は見るも無残な形になってしまっていた。
車体の隙間に挟まれ、胸を強く強打し、片足の股の太い骨が折れてしまっていた。
ドアは醜く歪み、割れたガラスは彼の体に細かく突き刺さっていた。
ドアからの救出は不可能で窓から引きずり出された彼は
意識が朦朧とする中、病院へと運ばれた。

僕は彼からのメールが途絶えた事を不安に思っていた。
絶対に帰り着いたら連絡があるはずなのに、その日は無かったからだ。
でもきっと疲れていたので帰りついてすぐに眠ってしまったのだろうと思った。
次の日も、連絡はなかった。僕からのメールや電話の返事もなかった。
まさか、交通事故にでもあっているのではないかと不安になった。
でもその考えは怖すぎて…僕は何か嫌われるような事をしてしまったのだと思うようにした。
でも「生きてるかどうかだけも確認したいから。何でもいいから返事を頂戴」というメールにさえ
連絡はなかった。
僕は親に相談したが、やはり相談しても何もしようがなかった。
僕も彼の家の番号や住所まで把握してなかったからだ。
このとき程自分の適当さに呆れたことはない。
連絡が途絶えて3日後、交通事故にあったんだと僕は判断した。
僕は唯一の記憶、
彼のお父さんの仕事先がタクシー運転手だったということから、駅のタクシーの運転手の人に
片っぱしから聞きまくった。彼の名字の人は務めていないか、その人はこんな市に住んで居ないかと。
だがそれらしい情報は無かった。

それからの記憶は無い。無いというよりはよく分らない感じか。

彼から連絡が途絶えてから何日後かわからないが、彼の携帯から電話があった。
彼のお母さんからだった。彼が交通事故にあってしまって今集中治療室に居るという。
僕は何度も「生きているんですか?!生きてるんですね?!」と聞き返した。
しばらくは面会もできないしまだ麻酔の影響でしばらく意識が戻らないと聞いたが
僕は彼が生きてるという事実だけで十分だった。
電話を受けたのは家だったので、母にも生きていたとすぐに話した。
とても厳しい母に何年ぶりかに抱きしめられて、二人で泣いた。
声を上げ、息を詰まらせて泣いた。
とてつもない不安の中からの解放からの涙だ。
何年も前に1度経験があったが、そんなものの何倍もの開放感だった。

彼の意識が戻り彼のお母さんから連絡を受けた、消毒室で消毒され、集中治療室の中へ。
彼は満足に言葉が発せなかった。メガネもガクガクと震える手で上げていた。
僕は悔しくてたまらなかった。何もしてあげられない自分が不甲斐無くて。
彼にはまた来るねと言い残し、すぐに面会を終えて帰った。

次の土日の面会には彼の意識ははっきり戻っていた。
病室も普通の病室だったと思う。彼は謝った。心配をかけてごめんと。
僕にはそんなことどうでも良かった。彼が生きているだけでとても幸せだった。
その日は彼から事故の状況や先日の面会の時に実は記憶がなかった事や、
意識がまだ朦朧としていたこと、奇跡的に壊れてなかった携帯を親から預かった時の事など
短い時間だったけど、少しづつ話した。

次の面会の時、彼は元気がなかった。
彼は泣いた。
彼は足の骨折よりも胸の打ち所が悪く、大動脈から出血があった。
その影響で彼の下半身は麻痺し、入院中の床擦れからの感染症で折れた片足が壊死、
切断を余儀なくされた。

彼はまだ23歳だった。今の僕と同じ。
若すぎた。片足を無くすにはまだ若すぎた。
もう2度と自分の足では歩けない。走ることなどできないのだとそう思っていたんだと思う。
でも彼は足の切断をしなければいけないこと以外は何も話さなかった。
ただ僕を抱きしめて泣いた。
僕も何も言えなかった。傷つき泣く彼に何も言えなかった。
ただ抱きしめ返すしか、できなかった。

僕は半年ほど通い詰めた。彼に会うために病院へ。
交通費は馬鹿にならなかったけど、僕にできることなんてこれくらいしかなかった。

でも段々忙しさから病院へ行く頻度は少なくなりつつあった。
メールも付き合い始めた当初よりは減ってしまっていた。

そんなとき彼がウィルコムを買うと言い出した。
ウィルコムを買うと言うことは長い時間通話を楽しむ相手がいるということだ。
僕は少し不安になった。が、こんな状況で疑うなんて事できなかった。
いや、実際は疑ってしまっていたのかもしれない。
彼は友達と電話をしたいと言っていたが、僕は友達の為に携帯を購入してまで電話をするのか?と
いう疑問が拭いきれなかった。

でも彼が浮気などする人では無い事、長引く病院生活で退屈して友達と連絡をとっているのだろう
そう無理やり思い込もうとしていた。

でもそんなことからまた病院へ通う回数、メールの回数が減ってしまった。