カンボジアは発展途上国だ。


つまるところ、生きる渇望がある人たちがたくさんいるのである。










そんな場所に私は夏、飛んだ。









若いからこそ







なぜ人は死にたくなるのか??






考えてしまうのは人間の本能だと思う。






「なんで私って生きてるんだろう」


「お金かかるなら子供なんて産まなくて良かったのに」


「大人なんていつも嘘ばっかり。見えてるふりだけして本当は何も見えていない。」





怒りは大人たちにまで向くことだってある。





でもそれは10代独特の感覚なのではないかと。そう思っている。




そして不思議なことに人間は夜になるとその思考を強める。









自傷はダサくない





ネット上で言うのは初めてだ。





私は中学校の頃からリストカットをしている。





先生や親にも散々言われてきた。





「せっかくもらった体なんだから大事にしろ」





なんで大人ってこんなに表面的なことしか言わないんだ!!







大事にしろ=やめろ

ということで。








この言葉を言われるたび、私はまた大人を嫌いになった。大人に真実を話さないようになった。大人を信用しないようになった。






結局、大人は「自傷をやめてほしい」というより





「自傷している人が周りにいるのが恥ずかしい」






と、言っているように聞こえる。






それだったらもっとやってやる、と思って切ったこともあった。







実際、手首を切ることなんて痛くもなんともないのだ。
だってこっちはそう行動するくらい気が動転しているのだから。体の痛みじゃないのだ。





気づいて欲しいのは心の痛みなのに。









でも気付かれるのも嫌だと思う自分もいる。





SNSで自分の自傷跡をあげるのをよく見るけれども、







「ださい」としか思わない。






傷は浅いし血もあまり出てない。




でもこの「ださい」行為を、私はしている。







(私はこいつらと一緒なのか?)





と、心配になる。






そうすると、また深く切るのと同時に、同じような気持ちを抱えている人たちにもこんな気持ちを隠すようになった。嘘をつくようになった。












カンボジアのスラム街で





夏、あるプロジェクトに参加し、カンボジアへ飛んだ。





そこで私はスラム街へいった。






ごみが散乱していた。シャワーや洗濯で使った水が外へ流れ出ているのが見えた。ペットボトルのキャップで遊んでいる子供たちがいた。








生きることへの渇望が見えた。








厳しい環境にいるはずなのに、私よりも生きることへ執着しているように見えた。





私は絶望した。





こんなに頑張っている子供たちがいるのに私はちっぽけなことで生死を悩んでいるのか。





そして決めた。





「頑張ろう」と。





実はこの日から自傷はしていないのだ。自分でも驚くぐらい頑張れている。






それでもなお






それでも月日の流れは早いもので。自傷はしていないと言いつつも、あの日決めたことを守るのはだんだん難しくなってくる。






帰国してからは、ちゃんと自分と向き合おうとした。自分が何をしたいのか、しっかり考えようとした。





でも、無理だった。




時は流れ、決意はぼんやりとし始め、







「今まで何やってきたんだ?
   こんなんじゃカンボジアに行く前と変わらないじゃないか。」





と、また自分を責めるようになった。






しかし、私はひとりじゃなかったのだ。
実はカンボジアに行くに伴い、2人の大人の方がフェローとして支えてくださっていた。





もちろん相談した。現地にいるときも、帰国してからも、自分の思いを感じるままに言った。





なぜなら私は彼女に初めて会った時こう言ったのだ。





「強くなりたい。」








しかし所詮は大人と子供





大人と子供の決定的な違いは、やはり「考え方」なのだ。もののとらえかたが圧倒的に違う。





私が社会人フェローの方に相談した時も、





最初は「なるほど」と言っていたが、だんだん分からなくなってきていた。「大人の考え方」が強すぎた。「これくらいできるよね??」が、私にはできなかった。辛かった。






「大人と子供」と、定義してしまうのも良くは無いとは思うがやっぱり私は子供なのでそう思ってしまう。





こうして、またひとつ、自分の嫌いなところが増えていくのだ。









結局お前は何が言いたい。




まあ、ここまでダラダラと書いては来たものの、自分でも何が言いたいのかはよくわかっていない。




子供の方々には、私と同じことを感じているにもかかわらず、誰にも言えないと思っている人が必ずいると思っている。だからそんな人に向けて安心と嘲笑の気持ちで見て欲しい。


大人の方々には、普段静かでよく自分の言うことを聞く子供はもしかしたらこんなことを思ってるかもしれない。と思って読んでみてください。だからどうしろってわけでもないです。大人だって大変なのは分かっているから私たち子供も言えないんです。










こんな私でもまだ、「平和」を追い求めているのだ。