第18話 なぜ名前を書くのか
夕方の屋上。
オレンジ色の空の下で、ソウマはノートを開いていた。何度も書いた自分のタグ。その横に、「LOVELETTER」と書かれている。
「まだ悩んでるの?」
後ろから声がした。
振り向くと、見知らぬ女の子が立っていた。短い髪に、スプレーの入ったバッグ。
「それ、昨日の橋の下で見た」
ソウマは一瞬、言葉を失う。「なんで知ってるの?」
「街はつながってるから」
女の子はノートをのぞく。「でも、それ…少し危ないね」
「危ない?」
「その形、たぶん誰かとかぶってる」
ソウマは昨日の男の顔を思い出す。
「名前って、そんなに大事なの?」
女の子は少し考えてから言う。
「名前を書くのは、自分がここにいたって残すため。でも、それだけじゃない」
彼女は壁に近づき、小さくタグを書く。
一瞬で終わる。
「これで、“私”がここにいるって、誰かに届く」
ソウマはその動きをじっと見る。
「でも、消されることもある」
「うん。でも、消されてもまた書く。それで広がる」
風が強く吹く。紙がめくれる。
ノートの最後のページに、ソウマのタグがある。
その横に、さっきの女の子のタグがいつのまにか書かれていた。
「…え?」
「さっき書いた」
ソウマは気づかなかった。
「速い…」
「それがタグ」
少しだけ笑う。
「私はユナ」
「ソウマ」
短い会話。
でも、そのとき。
遠くのビルの壁に、大きく同じタグが見える。
ソウマの形。
「なんで…あそこに」
ユナの表情が変わる。
「あれ、あんたじゃないよね?」
ソウマは首を振る。
夕焼けの中、そのタグだけがはっきり浮かぶ。
誰かが、同じ名前を広げている。
カズの言葉がよぎる。
「偶然じゃないかもしれない」
ユナが低く言う。
「これ、面白くなってきたね」
ソウマは自分の手を見る。
名前を書く理由。
それは残すためだけじゃない。
つながるためかもしれない。
そして同時に、奪われることもある。
(※この「同じタグを使う誰か」とユナの初登場が、第80話で大きく関係する伏線)
夜になる。
街のどこかで、また同じタグが増えていく。
第二章、静かに動き出す。