pices
Amebaでブログを始めよう!

新年度

明日から学校が始まる。

と言っても、実験のガイダンスだけど。

でも、これがメインと言っても過言ではないくらいつらいんだ。

毎週レポの期限に追われるし。。。

前期のは、二人一組でやるらしいんだが、春休み中にペア組むことになってた。

去年組んでた人に声かければ良かったんだけど、、、、、できなかった。

同じクラスなのに、中途半端に仲良くてちょっと話すくらいって一番つらい。

仲良い友達いないのは慣れたけど、こういうときってホント困るし、自分なにやってんだろって思っちゃう。

だけどね、大学に遊びに来たようなのと無理に調子合わせたり、趣味も話も合わない人と仲良いふりをしたり、そんなことには疲れたんだ。

僕はちゃんと勉強したい。

正直、一人でも単位取るのに困らないし、外には自分のことを理解してくれる人がいるんだから。

昨日まで自分って不幸だって嘆いてけど、ただ目の前に、当然のように置かれてた幸せに気づいていないだけなんだよね。

何一つ不自由なく育ててくれた両親に、何でも話を聞いてくれる友達。

もっと感謝しなきゃね。それに愚痴ってばっかじゃ成長しないし。





今年は、資格取るぞ!
そしていっぱい遊ぶ!

それにつきるね。

では。

骨髄バンク

骨髄バンクからオレンジの大きい封筒が来た。
見た瞬間、ドナー候補に選ばれたって分かった。
登録したのは一年くらい前。けど、二十歳になったのは三日前。
まさかこんなすぐに来るとは思ってなかった。。。
登録した理由は特にないんだけど、献血の延長線上にあったのと、 hideさんの影響だろうな。

そんで、まだ候補であって提供する訳ではないんだけども、
とりあえず、一連の流れを把握すると、思っていたより大変だって分かった。

今まで病院のお世話になったことのない僕にとって、全身麻酔、人工呼吸器、導尿カテーテルはさすがに怖い・・・
それでも、患者さんのことを思うと提供したいって思ってきた。登録のときに職員の方に言われたのが、家族の同意が得られずに辞退する人が多いってこと。そのとき、人の命がかかってるのに、自分勝手な大人!俺は無理やりにでも納得させる。なんて思った。。。

けど、いざ自分がドナー候補になると一年前の言葉が出てくることはなかった。
不安もあって、自分の中でも提供するかどうか半々だった。けど、「死ぬことのほうがよっぽど怖い」なんて言葉を見つけて、恐怖は消えてきた。
夜になり、母に電話をした。いつものように、夕御飯の片づけをしていたようだ。
手紙が来たことから、提供の流れ、提供には東京まで来る必要があること、健康上のリスク、一連のことを話し終えるころには、母の口調が変わっていた。普段は聞かないような悲しい声をしていた。
昔、母の従兄弟が心臓の手術の際、麻酔が原因で亡くなったそうだ。病気には遺伝や体質が影響する。ならばリスクは通常より高くなるだろう。やっと成人になった息子を、赤の他人のために危険な目にあわせようとは思わないのだろう。昔は、そんな自分勝手な意見にはもの凄い嫌悪感を持っていた。しかし、この年になりようやく親のありがたみ、子供を育て上げることの大変さに、ほんの少しだが気づくようになった。

僕の大切な人が、病気や怪我になったなら、たとえそれが軽いものであっても心配するだろう。
しかし、面識のない人が、事故で死んだニュースを聞いてもその人についてはなんとも思わない。残酷かもしれないが、そこまでかまっているほど余裕はないし、そもそもキリがないだろう。
今回の話もそれに似ている。僕は患者のことは知らない。

もちろん、患者の気持ちを考えれば手助けをしたかった。しかし、まだ独立できていない僕が、親の気持ちを無視して、危険を冒すのは横暴すぎるし、母の震える声を聞くと無理に説得することはできなかった。

やはり、まだ後悔は残っている。
僕が独立してから機会があれば是非提供しよう。
そう思い、自分を納得させることにする。

夕焼けに


pices-red sky














空が表情を変える

一日の終わりを告げるように

闇の中へと落ちていく…

最後にもう一度だけ。

赤く、もっと赤く・・・


もう帰る時間。

楽しい時は短いね。

僕の中で、あの日の記憶はまだ回っている。

ずっと、ずうっと…









大学にて。
地上だと建物で見えないんだけど、最上階(8階)からは綺麗に見えてました。
都会って落ち着かないんだけど、こういう自然にだけは心から癒される。
田舎が懐かしくなったりね。