『日本一酷い親への手紙』


という本があることを、昨日初めて知った。




《親を殺すか自分を殺すか》

そんな事を考える日々

私だけではなかったんだと思ったら、少し安心したと同時にとても悲しくなった。


私の母は毒親。

毒を吐くあの人はとても哀れで

毒を吐くあの人はとても醜(みにく)い


あなたが死んだら、泣くと思う。

でもそれは悲しいんじゃなくて、

やっと自由になれるから。

嬉しくて嬉しくて、流す涙。






小学生の時

中学に上がれば少しは良くなるよ


中学生の時

高校に上がれば少しは良くなるよ


高校生の時

卒業するまでの我慢だよ



周りからそう言われてきたけど

良くなるどころか、私の学年が上がるごとにどんどん悪化していくだけだった。


10代最後の日、

気付けば私の左手首から血が溢れてた。

ティッシュで抑えてもどんどん溢れてきて少し怖くなった。






①リストカットだけは何の意味もないから絶対ありえないと思っていたのに、気付けば知らないうちに切ってた


②都内のクラブに行ってる時、

あと一歩のところで友達に止められたMDMA。



この2つだけは絶対にしないって決めていたのに、

悪化するばかりで自分の事もどうでもよくなっちゃって、嘘でもいいから笑っていたかった。


ここにいたら駄目だと思って

この日、

私は靴だけを持って家を出た。


警察で20歳の誕生日を迎え、

捜索願いを出された時の為に家を出た経緯を警察の人に説明し、騒ぎ立てないで欲しい事と母には2度と会いたくない事を話した。


その後すぐに戸籍も抜き、現住所も私以外は閲覧出来ないように手続きをした。


家を出て戸籍を抜いたからといって終わるはずもなく(母の性格から覚悟はしていたけど)

お互いに顔も見てないし声も聞いていないけど、周りを巻き込みながらここからが本当の戦いだった。





実の産みの母親を


『早く死ねばいい』


『死んでくれたら嬉しい』


そう思わなければいけないことが悲しのであって、

あなたが死ぬことは全然悲しくない。


あなたが死なない限り、

私に纏わり付いてるこの見えない鎖は取れないんだよ。



喧嘩したり

買い物行ったり

テレビを観てくだらないことで一緒に笑ったり

披露宴で手紙を読んで泣いたりしたかった。


世間の親子が当たり前にしている事を、私も当たり前にして生活したかったよ。




家を出てから13

あなたはまだ私を諦めていないけど




私はあなたを忘れてしまいたい

記憶から消してしまいたい