6月3日(火曜日)第1局
先手 杉本和陽挑戦者 振り飛車ミレニアム
後手 藤井聡太棋聖 居飛車穴熊
対抗形
勝敗の結果 藤井聡太棋聖の勝ち
「序盤・中盤の遊び駒」
先手 杉本和陽挑戦者 左香 左桂 飛車 角
後手 藤井聡太棋聖 右香 右桂
「将棋というのは 遊び駒の多い方がほぼ100%負けるゲーム」
途中 ああすれば良かった こうすれば良かった
いろんな要素が絡(から)み合って
棋士は思考の迷路に迷い込む
そして 反省点が見えなくなる
あるいは 反省する部分を間違う
特に相居飛車・相掛かりの場合などは
先手・後手 お互いに
金銀が右側・左側両サイドに分断されているため
お互い遊び駒を抱(かか)えながら戦うため
真理を見失いがちである
しかしだ
すべての棋譜を並べて
冷静に客観的な視点で見てほしい
結局は「遊び駒」の差で勝敗が決している
この現実から目をそらさないでほしい
自玉と反対側の香車が遊ぶのはしかたないにしても
それ以外の駒は遊ばせてはいけない
「あなたの言ってる事
それは結果論に過ぎない」
将棋の強い人ほど
将棋の強い棋士ほど
言うんだよ
それは結果論だって
原因を遊び駒のせいにはしたがらない
なぜ?
萎縮(いしゅく)するからだ
伸び伸びとした将棋が指せなくなるからだ
緊張して 身体が頭が縮こまってしまうからだ
俺はいままで将棋の技術を磨いて
勝ち登って来たんだ
過酷な技術修行の末
やっと 頂上までたどり着いたんだ
「私は中盤の技術で相手に負けた」
感想戦を行っている当事者も
観ているファンも技術論で終始する
将棋が技術論で語られるのはなぜだろう
それが楽しいからだ
強い人ほどそうなるんだ
終盤 詰め将棋の技術力で上(うわ)まわったからとか
序盤の構想技術が巧みだったとか
「遊び駒論はつまらないよ
場がしらけてしまう
そもそも論なんか聞きたくないよ」
そうなってしまう
それが人間の性(サガ)
というものなのかもしれない
まあ 素人の私が言うのも
非常におこがましいんだが
次のページへ続く