いやー、甲子園始まりましたね。今年は東北勢が好きな高校ばっかりなので楽しみです。
いやはや、本当に夏ですね。
では、夏なので、今日の感想は『(500)日のサマー』です(突然)。
サマーって登場人物の女の子の名前だけどね。
普段恋愛映画とか本当に観ないけど、この映画は大好きー!
1年前に観て以来2回目の観賞。TSUTAYAでレンタルして、姉ちゃんにおすすめしたんだけど、結局観てもらえなかった…。今度また機会あったら勧めてみよ。
では、以下感想です。
※ネタバレします^^
▽概要
あらすじ:グリーティングカード会社に勤めるトムは音楽が大好きで、映画『卒業』に憧れ、真実の愛や運命の人を信じて疑わない普通の男だった。そんな彼の勤める会社に突然現れた女性サマーにトムは一目惚れしてしまう。ある日、「ザ・スミス」の音楽を聴きながらエレベーターを降りるトムの横に偶然サマーが乗り込むと、サマーは「音楽の趣味がいい」と彼に話かけてくるのだった。音楽を通じてサマーと交流することの増えたトムはどんどんサマーにのめりこんでいくが、実はサマーは、真実の愛などこれっぽっちも信じない、トムとは価値観が全く異なる人間だった。サマーとは次第に恋人らしい関係になるのだが、サマーは「恋人」というレッテルを嫌い自由な存在でありたいという。サマーは大好きだけど、恋人になりきれない曖昧な関係にトムは次第に不安を感じはじめるようになる。
95分/2009年/アメリカ/原題:(500) Days of Summer
監督:マーク・ウェブ
キャスト:ジョゼフ・ゴードン・レヴィット/ズーイー・ディシャネル/クロエ・グレース・モレッツ
トム役には『インセプション』、『ダークナイト・ライジング』でお馴染みのジョゼフ・ゴードン=レヴィット、サマー役には『ハプニング』、『銀河ヒッチハイク・ガイド』にも出演しているズーイー・ディシャネル、そしてトムに恋愛のノウハウを教えるクールな妹役には『キック・アス』、『モールス』のクロエ・グレース・モレッツちゃん!イイネ!
この記事の最初に「恋愛映画は本当にみない」って書いたんだけど、この映画は「ラブ・ストーリー」ではなく、「愛についてのボーイ・ミーツ・ガールな物語」なのだそうな。
この映画の感想はちょこちょこいろんなところで読んでみたんだけど、「サマーは男の敵」、「もやもやする映画」、「なんとなくサマーに共感してしまう」なんて意見がかなり多かったかなあ。
1回目に鑑賞したとき、自分も「サマーは超現実的すぎて、トムは可哀想」なんて思ったんだけど、今回久しぶりに見直すと、どうもサマーに同情しすぎてしまった感が。
サマーは独特の価値観を持っている、と単純に考えてしまいがちだったけど、むしろ今の時代になると、純粋に愛を信じるトムの価値観のほうが古いのかも知れない。サマーの言動は、一見とても冷たく感じるけど、サマーはトムを弄ぶほど性格がゆがんだ人ではない。
この映画を観ながら、サマーが冷たく感じてしまうのは、終始トムの目線で物語が進んでいくからだと思う。『卒業』なんて古い映画に感化されて真実の愛を疑わないトムを女性目線で捉えたら、または少しでもサマーの独白があったら、映画はもっと違った印象になったんじゃないかな。たとえば、サマーが最後に結婚をする相手の情報なんて全く語られてないし、サマーがなんでここまで現実的な価値観にたどりついたのかも全くわからない。わからないからこそ、映画は面白くて、いろいろあれこれ考えれるんだけどね。
個人的に、サマーは恋にそれなりに疲れて愛を信じれなくなってしまっていたけど、けっして「真実の愛」を信じる奴はバカだとか、トムを見下すような人間ではなかったと思う。そして、トムに対して軽い遊び感覚で付き合ってきたのではなく、本当にトムを彼女なりに好いていたのだと思う。
サマーはトムに対して自分のみた夢の話(この話を聞くとサマーの孤独感が伝わってくる)をしたり、『卒業』を観て号泣したりするけど、これは普段あまり自分の弱さをみせようとしないサマーがみせた数少ない無防備な姿だったんじゃないのかな。トムは仮面をはずしかけた彼女を見て、どうにか二人の間にそびえたつ壁が少しずつ低くなってきたことをうっすら感じることはできても、サマーの恋愛に対する臆病な姿勢を見抜いてあげられない、こう考えるとサマーがどうしてトムと別れようと決意したのか見えてきた気がした。
トムのあこがれた映画『卒業』は、親やらなんやらの支配から逃れ真実の愛を貫いた二人の男女の恋愛映画だったけど、その結末はニューシネマの幕開けを代表する作品だけあってどこか暗い。支配から逃げたはいいけど、これから先、愛だけを信じて本当に生きていけるのかわからない、そんな不安が伝わってくるような、そういう作品。
トムはこの結末をみて泣くサマーに「これは映画だよ、そんなに泣かなくても」と言うけど、サマーにとっては現実なのだ。サマーはこの映画の結末の延長線に自分を置いて泣いているんじゃないのだろうか。
サマーが結婚相手に出会ったとき読んでいた本の名前もどこか意味深。オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』、こんな悲しげ(未読)な本を読むなんて…なんかあるとしか思えないじゃん(^_^;)
でも、サマーにとってトムとの出会いは決してマイナスになったわけではなく、サマーはサマーなりに運命というものを肯定できるようになったし、トムだってサマーという女性のあとに今度はオータムという女性に運命を見出す。だから二人の出会いは必然だったし、彼らの関係が終わったとしても、その出会いに意味があるから映画はどこか明るい雰囲気で終わるのだと思う。
映画の最後にサマーが登場したときに比べて大人っぽい服装でトムの前に現れたこと、トムが次に恋する相手が大人びた女性であったこと、この二つの事実が彼らが少し大人になったことの象徴だと感じるのは私だけかなあ…?
この映画の監督は、つい最近『アメイジング・スパイダーマン』を撮ったマーク・ウェブ。
『アメイジング・~』も、監督の恋愛に対する繊細な描き方が功を奏してアメコミなのにさわやかな青春映画に仕上がっていた(でも肝心の恋愛以外の要素、というか脚本はグダグダ)けど、彼が描く女性ってのは本当にいいね!
グウェンはピーターがスパイダーマンだという事実に必要以上に動じないし、最後のピーターの心情もびっくりするくらい的確に見抜いてた。グウェン素敵すぎ。ピーターの叔母さんももう少し登場してほしかったけど、いい役だった。
でもさ、この顔で、こんだけ女性の繊細な心を描けるって、なんか説得力ない気もすんだけどね(真ん中が監督のマーク・ウェブさん)。
とりあえず、みんな大好き『(500)日のサマー』、いろんな考え方できると思います。おすすめ!
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誤字修正しました(笑)「
