瘋癲老人徘徊日記

瘋癲老人徘徊日記

瘋癲とは、
定職を持たず街中などをふらつくこと。

老人とは、
職業もなく肩書もなく社会的役割もない人。

徘徊とは、
目的もなくうろうろと歩き回ること。

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今から約35年前、1983年、

ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世が来日し、

原爆の被害があった広島と長崎でミサを行った。

 

その時, 教皇は日本語で「戦争は人間のしわざです。」

「戦争は死です。」と話し核兵器の廃絶を訴えた。

 

 

小説「人間のしわざ」は、ヨハネ・パウロ二世の

広島と長崎のミサから30年後に書かれた作品で、

作者は芥川賞作家の青来有一。

 

ヨハネ・パウロ二世の言葉、「戦争は人間のしわざです」を

テーマに書かれた小説である。

 

 

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青来有一は、長崎県長崎市生まれ、

市役所に勤める傍ら小説を書き、「ジェロニモの十字架」で

第80回文學界新人賞を受賞し作家デビュー。

2001年、「聖水」で第124回芥川賞受賞。

その後も役所勤めを続け、現在、長崎原爆資料館長でもある。

 

 

「人間のしわざ」は、家庭を持つ女「わたし」が語り手で、

大学時代、相思相愛でありながら行き違いがあって

別れた男と30年後、再開し海辺のホテルで情事に耽る。

 

男は戦場カメラマンとなって、世界各国の紛争地で

死体と流血と廃墟を撮り続けている。

 

女は、激しい性愛に耽るなかで、

男からソマリアの内戦での「黒人兵の死体」や、

チェチェン紛争での処刑の光景など、

悲惨で苛酷で残虐な「人間のしわざ」を聞かされる。

そして、切支丹への弾圧で命を落とした

殉教者たちの姿をそこに重ねる。

 

戦地の惨状が「人間のしわざ」なのに、

神は何もしてくれないのか・・・・・・・、

 

 

人間に、救いはないのか・・・・・・・、

 

 

男は、神の不在を証明するために、

アジアや中東、アフリカ等の過酷な戦場で、

悲惨で残忍な「人間のしわざ」を撮り続けている。

 

 

「人間のしわざ」の結末は・・・、

 

二人は情事のあと、海岸に向かい、

男は女の手を引き海の中へと入って行く。

男の手が離れ、波に飲み込まれ溺れかかるが

必死で海岸の向けて泳ぎ始め、

やっとの思いで砂浜にたどり着く。

ふと海岸沿いをみると、男も

海岸に打ち上げられ生きていたのだ。

 

 

作者は、この小説の結末で

人は未来がなくても救われなくても、

生きていかなければならないと

言いたかったのだろうか。

 

 

不毛で悲惨な戦争や原爆や原発事故などの

「人間のしわざ」に対して、私たちは、

なしうるすべを持っていか。

 

 

神は・・・・・、

なぜ、神は「人間のしわざ」から

人を救わないのだろう、

 

 

神が「人間のしわざ」から

人を救わないなら、

 

人は、「人間のしわざ」から、

この不毛で未来のない時代から

人を救うしかないのだろうか・・・・・・・、

 

 

重くて、苦しい小説である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大阪の通天閣があるのは「新世界」、

芥川賞をとったのは「しんせかい」だ。

 

どうでもよいことだが、漢字にすると

大阪の新世界と間違えられるので、

平仮名の「しんせかい」を題名にしたのだろう。

 

 

しんせかい しんせかい
 
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作者の山下澄人は、役者、演出家で小説家でもある。

彼は、倉本聰主催の富良野塾の二期生。

卒業後は、役者になったが、売れなかったため、

アルバイトで生活をたてていたと言う。

富良野塾を卒業した10年後、劇団を立ち上げる。

その後、小説を書き始め、野間文芸新人賞受賞、

芥川賞候補、三島由紀夫賞候補となり、

今回の芥川賞受賞となった。

 

 

「しんせかい」は、作者の青春の体験を

基に書かれた小説だ。

 

 

主人は、山下スミト。

高校を卒業後、アルバイトをしていたが、

ある日、間違って届けられた新聞記事で、

俳優と脚本家を育てる塾の募集の記事を目にする。

スミトは、ブルース・リーや高倉健に憧れていたため、

この塾に応募することを決意する。

 

塾は【谷】と呼ばれていて、

俳優や脚本家を目指す若者たちが

自給自足の共同生活を営んでいる。

 

スミトは同期である二期生や先輩である一期生、

主催者の【先生】と生活をともにする。

 

苛酷な肉体労働、厳しい演技の稽古、

そして、【先生】との対立、

地元の同級生の女性と

同期の女性との間で揺れ動く思い、

今まで経験したことのない、

塾の仲間達の人間模様・・・・・・・・、

 

そこはまさにスミトにとって、

今まで経験したことのない「しんせかい」であった。

 

一年後、一期生が卒業するころで

突然、この物語は終わりを告げる・・・・・・・、

 

 

山田詠美は、この作品を「シンプル・イズ・ベスト」と

評価している。

 

確かに、読みやすい文章でシンプルな物語構成だ。

 

 

高樹のぶ子は、モデルとなった脚本家や演劇塾の

イメージを外せば、薄味の青春小説だと言っている。

 

まあ、青春なんて概して薄味が定番だろう。

 

 

村上龍は、強烈な要素が一つもなく、

「つまらない」と感じたと言う。

 

年寄りからすれば、今更「青春小説」かと言うことで、

「つまらなく」感じてしまうのかもしれない。

 

 

「しんせかい」は、新しい世界に踏み出す若者の

夢と希望を描いた青春小説だ。

 

 

青春時代、誰もが夢と希望に満ちて

新しい世界に踏み出していった。

 

しかし、夢は打ちひしがれて希望も失い、

何もできない自分という現実に直面する。

 

 

「ぼくは二十歳だった。

それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとは

だれにも言わせまい」というフランスの作家、

ポールニザンが「アデンアラビア」の書き出しで

言っているように、自分の青春時代を振り返ってみても、

不信と挫折の連続で、美しくもなく、輝かしいもでもなかった。

 

 

しんせかいの主人公スミトが、

物語の最後に言う、

 

 

「すべては作り話だ。

遠くて薄いそのときのほんとうが、

ぼくによって作り話に置きかえられた。

置きかえてしまった。」と、

 

 

 

青春とは、作り話であってほしいくらいつらく悲しいものなのか・・・、

 

 

 

 

 

 

 

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映画「君の名は」を見た。

 

 

いろいろな意味で、

なかなか良くできた作品だった。

 

 

繰り返し使われる「君の名は」をキーワードにした展開、

主人公の少年と少女が入れ替わる2人は、

同じ時間軸ではなく3年のずれ、

東京と飛騨の山奥と言う落差ある設定など・・・・・、

ストーリーの巧みさは、なかなかだった。

 

ヒロインの少女・三葉のかわいさと色気、

イケメン少年・瀧の初々しさ、

魅力的なキャラクター、哀愁に満ちた背景、

ファンタジックな空など・・・・・・、

アニメーションの質も高い。

 

神社の巫女 口噛み酒、組み紐、カフェ、

東日本大震災を連想する、

地球に接近する彗星「ティアマト」、

ストーリーに織り込まれるエピソードのどれもが

万人受けする話ばかりだ。

 

感情移入を深める映像と音楽、

効果的な光の使い方、鮮やかな風景

ストーリー・舞台設定・演出全てにおいて

完成度が高く、密度の濃い大作映画である。

 

 

 

だが・・・・・・・・・、

なぜか、面白くないのだ。

 

 

 

これだけ評判の映画なのに、

なぜ、面白くないのだろう・・・・・・・、

 

 

それは、たぶん・・・・・・・・・・、

 

伝えたいことがなにもないからだろう。

 

 

物語の縦軸にしている「君の名は」は

いわゆるキャッチコピーみたいなもので、

伝えたい事ではない。

 

縦軸に織り込まれている

巫女、神社、組み紐・・・・、

高校生活、恋愛、・・・などのエピソードは、

それらはどれも、出来事であって

伝えたい事ではないだろう。

 

それに加えて、都合よく展開する

予定調和的なストーリー、

 

男と女が入れ替わるという手法は、

「転校生」や「山田くんと7人の魔女どっちがどっち!」

「 放課後」など、今までにも腐るほど使われていて

なんの目新しさも全くない。

 

 

もしかして・・・、

制作者が見せたかったのは、伝えたい事ではなく、

洗練されたテクニックなのだろうか。

 

 

美しく、心を揺さぶるアニメーションのテクニック、

幅広い世代に受けるエピソードの数々を

積み重ね、すれ違いと君の名はを

キーワードに展開する物語のテクニック、

 

感情移入しやすい映像と音楽の巧みなテクニック、

 

しかし、

テクニックは、いくら精度を高めても、

伝えたい事にはならないのだ。

 

 

だから・・・・、

見終わった後、

もわっとした、あいまいな

感じしか残らない。

 

 

万人受けする要素だけで構成し、

巧みなテクニックに溢れただけの作品だから、

面白くないのだろう。

 

 

 

「君の名は」は、中身がなくて

万人の受けを狙うだけの

アニメーションのポピュリズムなんていうと、

多くの人から顰蹙を買いそうだけど・・・・・・、

 

 

 

 

 

 

 

 

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「平気でうそをつく人たち」は、

今から10数年前に話題になった本で、

当時、仕事が忙しく読みそこなってしまった本の一冊である。

前作、「愛と心理療法」は世界的ベストセラーになり、

カルロス・ゴーンの愛読書ということもあって興味があった、

 

 

著者のペック,M.スコットは、

ベトナム戦争当時の米軍に精神科医として9年間勤務。

その後、心理療法医として活躍し、その経験を生かして

世界的ベストセラーになった「愛と心理療法」を表す。

 

二作目の「平気でうそをつく人たち」も

自身の臨床体験に基づき、

「邪悪な人間=自分の非を絶対に認めず、

自己正当化のために嘘をついて

周囲を傷つける人」の心理を科学的、

実証的に解明し、個人から集団までを対象に、

その悪の本質に迫るという本である。

 

 

邪悪とは、悪性のナルシシズムのことで、

下記のような特徴を持つ人だと言う。

 

・どんな町にも住んでいる、ごく普通の人。
・自分には欠点がないと思い込んでいる。
・報復されない弱い人間をスケープゴートにして、

責任を転嫁し自分を正当化する。
・自分への批判にたいして過剰な拒否反応を示す。
・立派な体面や自己像に強い関心を抱く。
・他者の意見を聞く耳をもたない。
・自分は選ばれた優秀な人間だと思っている。
・他者に善人だと思われることを強く望む。

 

こうした行動を促しているのが

「怠惰」と「ナルシシズム」だというのが、

スコット・ペックの主張である。

 

 

邪悪な人間は、自責の念に苦しむことを拒否し、

自分の苦痛や非を他人に負わせる。

自分自身が苦しむかわりに、他人を苦しめる。

 

「うまくいけば自分のおかげ、

うまくいかなければ他人のせい」ということなのだ。

 

邪悪な人間は、自分の役に立つ人には愛想良くするが、

ひとたび役に立たないと見ると、手のひらを返したように

切り捨てる。

 

最悪なのは、他人の人格までも否定し抑圧し

精神的ダメージを与えることである。

 

こうした人間を上司にもつと、

パワハラの被害者となり、

最悪の場合は、精神障害を負い

自殺することにもなりかねない。

 

 

邪悪な人間は、何も特別な人間ではない、

身近にもたくさんいるという。

 

確かに、自分の周りを見ても、某制作会社の社長、

某会社の元社長や専務、営業部長・・・・・・、

彼らとかかわった人の中には、

退社を余儀なくされたり適応障害や

パニック障害になった人もいた。

 

 

邪悪な人間が、国家の最高権力者に

なると最悪だ。

 

大きな嘘をつきまくるドナルド・トランプ、

小さなウソを積み重ね安倍晋三か。

 

トランプのゴーストライター、トニー・シュウォルツは、

「ニューヨーカー」のインタビューで、トランプは

「ソシオパス(社会病質者)」だと言つている。

「彼は口を開けば嘘をつき、それに対して罪悪感がなく、

自分が話したことはすべて本当だと信じる能力がある」
「自分の役に立つ人間には愛想良くするが、

ひとたび役に立たないと見ると、手のひらを返したように切る」と

彼の性格分析をしている。
また、「個人的な友情などなく、損得勘定でしかものを考えない。

自分の利益になるかどうかしか眼中にない男」だと言う。

 

彼の言っていることが本当ならば、

トランプは邪悪そのものだ。

 

 

国家や会社という集団や組織も邪悪さを

持っているとペック,M.スコットは言う。

 

邪悪な権力者は、国家の正当性を証明するために、

罪のない人たちを抑圧し殺し始める。

 

たとえば、

ヒトラーのユダヤ人虐殺、

日本の南京大虐殺、

アメリカのベトナム、ソンミ村での大虐殺、

北朝鮮の粛清・・・・・・・・、

 

会社でいえば、東京電力、東芝がいい例だろうか。

 

 

邪悪な人たちにどう対応したら良いのだろう、

 

「平気でうそをつく人たちの」著者であるペック,M.スコットは言う。

 

邪悪な人間は、 自らに光を当てられることを

嫌うため、治癒することができないと。

 

だから、「邪悪なものに出会ったときにとるべき

最良の道は、避けることだ。」

 

「悪にたいする攻撃法の基本となるのは

愛でなければならない」とも言っている。

 

なんとも「愛と心理療法」の著者らしい言い方だ。

 

 

何十年も愛と無縁な生き方をしてきた自分にとって

今更、愛と言われても・・・・・・・・・・と

思わないこともないけれど・・・・・・、

 

 

すべての人が人を愛すれば、

解決できることなのかもしれない。

 

 

ちなみに、グーグルの企業信念は、

「邪悪になるな」であるという。

 

 

 

 

 

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近所の商店街にある古本屋をのぞいてみると、

文庫本コーナーに一冊の本があった。

 

「不動産裏物語」

 
 

裏と言えば、その昔、酒の席でのこと、

説教好きの男が部下に向かって

裏表のあるやつは嫌いだ、と説教を始める。

余りにもしつこいので、「若いころ、お前だって上司の前でいい顔し、

裏じゃいろいろやってただろ」、と言って割って入ると、

「なに言ってんだ、お前なんか裏しきゃないだろが、」と言われたことがあった。

 

確かに、今まで表舞台で脚光を浴びたこともなかったし、

裏でコソコソ世の中を渡ってきた気がする。

そんなこともあってか、裏という言葉に敏感なのだ。

 

「不動産裏物語」、

裏物語と言われれば、これは買わずに帰れない。

早速購入し、近くのスタバで読み始める。

 

うーん、

不動産会社の営業が客を値踏みするやりかたや

ローンの組み方、おとり広告などについて、

不動産営業さいどからの目線で書かれている。

 

しかし、書かれていることは、裏でもなく

一度でも不動産を買ったことがある人ならば

誰でも経験したことのある話ばかりだろう。

 

こちらが知りたいのは、

「不動産裏物語」のその裏なのだ。

 

「不動産裏物語」、

 

トイレでクソを垂れる時間でチャラッと

読めてしまうぐらい厚みの薄いだが、

本の厚みと同じくらい中身も薄い本だった。

 

 

 

 

 

またまた古市憲寿、

『希望難民ご一行様―ピースボートと「承認の共同体」幻想』

 

 

ピースボートは、「みんなが主役で船を出す」を合い言葉に、

世界平和のための国際交流を目指した世界一周クルーズである。

古市は、乗船体験と船内での調査、分析をもとに、若者論を展開し

現代社会をとらえることを試みる。

 

ピースボートの主な乗客は、若者とリタイアした団塊世代。

若者たちの目的は、自分探しの旅、団塊世代は、観光が多いという。

ピースボートには、ダンス、演劇など学園祭的サークルを中心とした

グループがいくつも作られ、若者にとってのピースボートは

「承認の共同体」となる。

 

つまり、「承認=いいね」をしてくれる仲間達に出会える場となり心地よい。

 

一方、団塊世代は、船はボロくて故障が多く、

スケジュールがキャンセルされるのは契約違反と言いだし、

運営会社と団体交渉をしはじめ波風を立てる。

 

団塊に世代には、「承認の共同体=いいね」は馴染まないのだ。

 

ここでも古市は、豊富な調査データと得意の分析力で

若者の実態を解明する。

 

若者は「自己充足的」で「今、ここ」の身近な幸せを重視し、

自分を認証してくれる仲間たちとの「小さな世界」の中で

暮らしていくことが一番幸福なのだと言う。

いくつかの気にいったグループに加わり、出入り自由の

承認のコミュニティーがあれば、十分幸せに生きていけるじゃないかという。

夢や希望を持ち努力を重ねても叶うこともないし、

社会はなんのホローもしてくれない。

だからといって、社会を変えることなんて出来るわけもないと考える。

 

古市は、今の若者たちは夢や希望を持つよりも

仲間と楽しく過ごすほうが幸福なんだという結論に達する。

なんだか、団塊世代としては、釈然としないが、

これが今の若者たちの生き延び方なのだろう。

 

本来、ピースボートは、過去の戦争を見つめ

未来の平和を創る船旅として、始まった。

しかし今、ピースボートはその趣旨から大きく離れ、

若者の自分探しと承認の共同体、

団塊世代の老人たちにとっては、

単なる格安で行ける観光旅行になってしまった。

 

老後、少しでも世界平和に貢献しようとピースボートに

参加しようと思っていたが、この本を読んでやめることにした。

 

 

それにしても、古市の調査と分析をうまく使った

説得力のある論理構築は、なかなかのものであると思っていたら、

「文系でもわかる統計分析」なんていう本まで書いていた。

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

時間に余裕ができたので、今まで読みたくても読めなかった本を読み始める。

 

まず手始めに、今更ながら古市憲寿の「絶望の国の幸福な若者たち」

 

希望も持てず、格差はますます拡大する絶望的な日本、

しかし、調査によると意外なことに、20代の7割が

今の自分の生活に満足していると答える。

この摩訶不思議な若者の幸福感にフォーカスし、

今までと異なった若者論を展開する。

団塊の世代としては、釈然としない部分もあるが

、彼の若者論は、説得力もあり刺激的だ。

何よりも論理を構築するためのデータを

駆使した方法論と受けを狙った読ませるためのレトリックに注目、

 

このやり方、広告の企画書に十分応用できる。

もっと早く読めば、コンペに勝つ企画書が書けたのに・・・・・残念、

 
 
 
 
 
 






一冊の本がある、 

今から、40年前に新宿の
紀伊国屋書店で買った本である。


「原子力戦争」

著者は、田原総一郎。



「原子力戦争」は、
筑摩書房の月刊誌「展望」に連載されていた
原発をテーマにしたノンフィクションである。


「原子力戦争」を連載中、田原のもとに
一通の内部告発文書が届いた。

関西電力、の燃料棒折損事故についてである。

告発文は、美浜1号炉で折損した燃料棒から
燃料ペレットが原子炉容器内に飛散、
秘密裏にこのペレットを回収し燃料棒を
交換したというものであった。


当時、社会党の代議士だった石野久男は、
この事故について国会で追求した。

関西電力は「通産省は、
調査すると言って明言を避け、
な事実はない」と言って事故を隠し続けた。

しかし、3年後、
石野の執拗な追及を受け、
ようやく通産省と関西電力は
事故の事実を認めた。


この当時から、電力会社の原発事故隠しは、
日常化されていのだ。


或る時、「展望」に連載されていた
「原子力戦争」が突然中止となる。


東京12チャンネル(現在のテレビ東京)の
ディレクターだった田原は、ある雑誌のインタビューで、
連載中止になった事情を、こう話している。

「原子力戦争というテーマで月刊誌に連載して、
この連載の記事で、原発のPRを担当している
大手広告代理店を怒らせちゃってね。
連載を辞めるか、会社を辞めるか、
と迫られて、僕は会社を辞めた」と。

大手広告代理店とは、
電通のことなのか・・・・、


1976年、「原子力戦争」は、
単行本として筑摩書房から出版される。


内容は、原子力そのものの恐ろしさと、
それにまつわる人間たちのエゴと欲を
ドキュメンタリー形式で書いた小説である。

実際に起きた原発事故、関西電力美浜原発の
燃料棒事故と東京電力福島原発の火災事故をテーマに
原発推進派の政治家、官僚、電力会社、地元有力者と
事実を追求する田原総一郎と思しきテレビ局の
ディレクター大槻との戦いが描かれている

田原は、「原子力戦争」の中で、原発の危険性を訴え、
今回の事故を予測していた。
また、綿密な取材をもとに利権や政治家、官僚、学者、
電力会社との癒着なども鋭く暴いている。


この本の中に、福島第一原発の事故があった
双葉町の原発反対派、岩松忠男という男が出てくる。

定かでないが、岩松忠男は
岩本忠夫がモデルだとも言われる。

岩本忠男は、元社会党県会議員。
福島県原発王国の基礎を作った
木村守江知事の方針に反対し、
反原発の旗手として戦っていた男である。

岩本忠男は、県会議員に落選した後、
双葉町の町長になる。

そして、突然、原発推進派に転向した。

なぜ転向したのだろう・・・・、

金か権力か・・・・、

いずれにしても、悲しい話だ。

岩本忠男は、双葉町町長当時、
あるPR誌にこんな事を書いていた。
『双葉町は、原子力発電所との共生をしてきた。
共生していくということだけではなくて、
運命共同体という姿になっていると実は思っています。
ですから、いかなる時 にも原子力には期待をしています。
「大きな賭け」をしている、「間違ってはならない賭け」を、
これからも続けていきたいと思っております。
原子力発電は私の誇りです』と。


岩本が言うように、正しく双葉町は、
原子力発電所と運命共同体であった。
その結果、双葉町は、放射能汚染という危険極まりない
事態に陥り、最悪な結果を迎えることになった。

そして、岩本の言う誇りは地に落ち、
それどころか双葉町の住民たちは、
先祖代々から住んでいたこの地に
二度と留まる事が出来なくなってしまった。


東京電力をはじめとした電力各社、国家、学者は、
原発は、「安全だ、安全だ」と言い続けてきた。

しかし、安全ではなかった。

もともと安全は、嘘だったのだ。

なぜ、人は嘘をつくのだろう。
嘘をついて得をする人がいるからだろう。


福島県の原発がある地域には、東電が作った
地域情報連絡会議という組織があという。
この組織は、CIA並みのきびしい
情報管理をおこなっていたと言われる。
 

東電のいう安全=無事故とは、
「事故をなくすことではない。
事故が起きてもそれを闇に葬り去って、
外部に公表しないことだ。」と
田原は「原子力戦争」の中で言う。


原子力は、人を死に至らしめるだけでなく、
嘘をついたり、良心までをも変えてしまう
危険なものなのだ。


「原子力戦争」を書いた当時の田原総一郎は、
真実を追求する情熱と物事の本質を見抜く力は
称賛に値するものがあった。


この「原子力戦争」は、テレビの討論会で、
革新的で、真実を追求する如く見せながら、
予定調和的に権力の望む方向に議論を導く
今の田原総一郎からは全く想像もつかない本なのだ。




東日本大震災は、
我々に、大きな教訓をもたらした。


しかし・・・・、


福島第一原発の事故の
処理も終わらない中、
各地で原発の再稼働が始まっている。




今の日本、
また、いつか来た道を
歩み始めるのか・・・・・・・・・・。













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新年進化


ヒトは未だに、サルのままなのか。

戦争で人が死に、貧富の差は広がり、
不幸な人が限りなく増え続けている。
すべての人がしあわせにならない限り、
ヒトの進化はありえない。



さる


さあ、今年こそ、サル年からヒト年へ進化しよう。

         2016年元旦



JIJI











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「どうしたんですか、
ブランドもんなんか
買っちゃって・・、」と
声をかけられる。

バーゲンセールで、
某ブランドのジャケットを買った時のこと。


声をかけてきたのは、
かつて、よく一緒に仕事をしていた
制作会社の元社長。

小指を立てて、
「これにプレゼントですか?」と言う。


「いやいや、
そんな元気も、金もないですよ。
それ以前に、ジジイは、
モテませんからね」と
おどけて見せる。


定年になり、会社を離れ、
フリーになった。
打ち合わせに着ていく服も、
会社員時代と違い超ラフな格好。


夏は、5年以上前に買った、
黒のジャケットが定番。


よく見ると、
長い間着ているので
裾や、袖口がすれ、
みすぼらしい。


仕方がないので、
買うことにした。



「この年になると、
着ていくところもないし、
着る物にも興味が無くなっちゃって・・、
私なんか、現役時代にきてたもん、
引っ張り出して着てますよ。」と
元制作会社の社長が言う。



誘われるままに
喫茶店に入る。



「夏もののジャケットを買うのも
人生これが最後ですよ。」と言うと

「私なんか、
ここ何年も、着るもんなんて、
買ってないですよ、
ゴルフのクラブだって、
もう買うことないし・・・・」。

「私だって・・・・、
車は、あと一台買うかどうか、
ということでしょう。」と言うと、

「私は、もう70をとっくに過ぎているから
車は、今、乗っているので最後でしょうね。」と返された。

続けて、
「若い時は、次の車は、4WDにしてみようとか
やっぱり、ワゴンのほうが、とか思ったけど・・・・・・・・・・、
今じゃ、悲しいことにもう、
車のことなんて考えたことありません。」と言った。


70を過ぎたときに
後、12年生きるとして、
残りの人生、すべてにかかる
金の計算してみたという。


「質素な生活をしていけば、
年金と手持ちの金でなんとか
やっていけるが・・・・・・・・・、
計算していて、俺の人生の
残りはこんなもんかと思うと
涙が出てきましてね。」としんみり言う。



「会社は・・・?」と聞くと、

「2年前に、人手に渡しました。
知り合いに、とも思ったんですけど
尾を引くのも嫌なので、
ファンドに頼んで、引き取り先、
探してもらいました。」という。

「会社、上手くいってたじゃないですか」

「上手くいってたの、
一時だけですよ、
どこかで区切りをつけないと
借金だらけになっちゃうし、
能力にも限界がありますからね、」と言い、

「ところで、仕事、してるんですか?」と聞かれる。

「まあ、してますけど・・・、
知り合いは皆、定年になっちゃってるし・・・・・
もう限界ですね。」と答えた。

「そうですか・・・
そろそろ、区切りをつけるときですね、
人生、区切りをつけない時があると
思います。」

「で、区切りの後は・・・・・?」と聞くと、

「少ない年金と、わずかなたくわえの範囲で
何もしないで生きていくことにしました。」と言う

「なにもしないで?」

「何かやろうにも、
金もないし、スキルもない。
一番ないのは、残された時間です。」と
という答えが返ってきた。

そして・・・・・・・、

「なにもしないって言っても、
たまには、ゴルフもしますし、
映画も見ます、本も読みます。
まあ、しないのは、
SEXくらいですかね。」と
冗談を言い、さびしく笑った。


「限られた金で、
時の流れに身を任せて
生きていこうっていうことですかね。」と
最後に言った。



夕暮れ近く、彼と別れ家に向かう。



自分は・・・・・・・、
あと何年、生きられるだろうか・・・・・・・、



家に戻ると、この後、
生きていくのにかかる金の計算をしてみる。


収入は・・・・・
年金、
手持ちの金、


そして、支出の計算
食費、光熱費、住居費・・・・・・・・、


三十分足らずで、残された人生の計算は終る。



なんだか、淋しさが込み上げてくる・・・・・・、



第二の人生が・・、
悠々自適・・・・・だなんて程遠い。


どこぞの金融機関のCMの
「さぁ、楽しい時間のはじまりだ。」
なんて言うコピー、
自分にとっては嘘っぱちだろう。



ジジイだって、

たまには、
良いもん着て
美味いもん食べて
SEXだってしたいけど・・・・・・・、


愛や・・・・・、

夢も
希望も、
未来も、
金もなく、


生きていくしか、ないだろう。



第二の人生は、
「未来のない生活の始まり」か・・・・・・・、













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