日記4
今日はある広告会社の会社説明会&筆記試験&面接だった。実質,筆記試験も面接も初めて。1月に始めて会社説明会に参加して,筆記試験も面接も初めて受けた。この9ヶ月はなんだったのか。無為な時間を過ごしたなと思う反面,4年間常にこうだったのではないかとも思う。
筆記試験はこんな問題なのかと少し拍子抜けしたが,やってみたら出来は良くなかった。面接はまず,履歴書の時点で失敗した。他の人たちは学校専用の履歴書を使用していてぎっちりと書き込んでいたが,自分は市販のもので内容はスカスカ。しかしなぜ,あの履歴書で書類選考を通過したのかがわからない。面接は自己紹介だけで何を基準に判断するのかがわからなかった。面接官も聞いてるのか,履歴書を見てるのかどちらかわからず,しかも多少威圧的であった。まあ,どこもこんなものなのだろう。それとグループ面接だったが,自分も含め話の内容はどれも同じようなレベルだと思った。しかし,自分の話には一貫性がなかったし,他の人と比べると面接官の食いつきが少なかったため,たぶん落ちるだろう。1次は緩い基準で選考すると言ってはいたが。通過者には1週間以内に電話連絡をくれるらしい。
その後の社屋見学は大学に実習の書類を取りに行かなければならなかったためキャンセル。そしてバイト。やるべき仕事を後回しにしているため,仕事が溜まっている。一つずつ整理してこなしていこう。それと良い授業のため,仕事を早く済ませるためにはやはり予習が欠かせない。もう何度も繰り返しているがしっかりやろう。仕事を溜めていくから後々大変になるのだ。一つずつこなしていけばたいした量ではない。クソ,頭ではわかっているんだけどな。
日記3
また日が空いてしまった。教育実習は自分を今より良い方向に変えてくれるものではないかと多少期待してはいたが,結局,教育実習の前と後の生活には特に変化ない。卒論・就活などやるべきことがたくさんあるのに寝てばかりいる。外的要因に頼って自分を変えようとすることが,おかしいのはわかっている。自らこの生活を変えなければ意味がないのはわかっている。とにかくやらなければならないことを優先順に整理して,一つひとつこなしていくしかない。
教育実習にオレは誠実に取り組んだだろうか。表向きは誠実に取り組んだだろうが,見えないところ,特に授業の準備は誠実に取り組んだとはとても言えない。20回ほど授業を担当させてもらったが,そのどれ一つとして授業準備が完全ではなかった。中には板書計画さえ出来ていないまま,授業に臨んだこともあった。結局,教育実習であっても普段と変わらず,準備が中途半端なまま事に臨み,失敗して後悔するということを繰り返した。
今まで何度同じ思いをしたことか。教育実習でも普段と同じことを繰り返したことで,あまり良い印象が残っていない。この取り掛かるのが遅い,切羽詰ってからしかやらない,常に準備が中途半端ということを解消するためには,さっきも書いたように,結局はやらなければならないことを優先順を整理して,一つひとつ自らの手でこなしていくしかない。即解消できるような方法はないのだ。自分の手で泥臭くこなしていくしかない。
また生徒たち,先生方と積極的に話を交わしたかと言われると,自ら話しかけることは少なかった。あのような場に居られることはもうないというのに,なぜもっと積極的に人とかかわらなかったのか。一体何を格好つけていたのか。恥ずかしいという感情ばかりが先立っていた。確かに一歩踏み出せば恥をかくことがあるかもしれない。しかし,その一歩を踏み出さなければその先にある,喜びや嬉しさにたどり着くことできない。恥をかくことばかりを恐れていては喜びや楽しさを感じることはできない。動き出さなければずっとそのままだ。これは今の自分これでもかというほど,当てはまる。
今日はバイトだったが出勤する時間が遅く,準備が不足していたため,またひどい授業を行ってしまった。早く出勤してしっかり準備をしようと思っていたのに,またもダラダラして遅く出勤し,同じことを繰り返した。また,生徒に冬期講座の申し込みを促したかと聞かれて,冬期講座の話を生徒にまったくしていないのにもかかわらず,生徒に話しましたと嘘をついてしまった。それと生徒の親に学習状況を電話で伝えなければならなかったのに,不在だったと嘘をついてしまった。ひどい人間だ。
いつも自分の体裁ばかりを繕うために嘘をついている。周囲の人間にはいい顔を見せようとしている。本当は何も出来ないのにな。いや,周囲はとっくに何も出来ない人間だと気がついているかもしれない。いや,周囲にどう見られているかは関係ない。周囲の評価を気にしながら行動するのではない。周囲の評価は後からついてくるものだ。自分が最善だと思う言動し続ければよい。それがもし間違っていれば指摘されるなり,生徒の成績などの間接的な結果となって現れてくるはずだ。後ろめたいことがあるからいまいち素直になれないのだ。誠実になれないのだ。現状を変えるには何か突拍子な出来事は必要ない。やらなければないことを一つひとつこなしていけば変わるはずだ。
教育実習9日目
今日は新人大会だった。新人大会から帰ってきた後,研究授業の学習指導案作成のため,今日も帰りは遅く8時だった。新人大会では開会式の時,中学校のときの野球部の監督に久しぶりに会った。久しぶりに見た感じはけっこう老け込んでる感じだった。年齢も38歳と聞いてもうそんな歳かと驚いた。まだオレたちと野球をやっていたときのことを覚えてくれて嬉しかった。
「こいつの時,すんごいヘナチョコチームだったんです。でも,最後の中総体の決勝で負けた時,泣いてしまったんです。」
新人戦の結果は一回戦負けだった。見ていて感じたことは,気持ち云々の前に,打つにせよ,捕るにせよ,基本的な技術のレベルがまだまだ低いということだ。最後のミーティングで,何も知らないのにそのようなことを言ってしまって先生に悪かったなと思った。火曜日からは残り少ないが,時間の許す限り部活に行って自分の知っていることを伝えたいと思う。
教育実習9日目
今日は授業を3つ担当。いつもと同じで今日の授業も準備は全て中途半端だった。来週からは準備をしっかりして臨み,1回は自分も生徒も満足するような授業を行ってみたい。それで放課後,研究授業用の学習指導案を作成していたのだが,まったく何をやっていいのかわからず,ほとんど進まなかった。自分が担当教官に意見を求めないのが悪い。自分で何をやりたいのかもわかっていないのに,意見を求めても仕方がない。しかし,「こういうことをやってみてもいいのではないか」というアドバイスをくれてもいい気がする。でも,これもやはり甘えなのか。
1年C組の生徒とはまだ話も交わしていない生徒もいる。特に女の子。もうなんでもいいから,話しかけてみよう。どういう反応するか考えないでもうとにかく何でも。
教育実習8日目
さすがに疲労の色が濃い。家に帰るとすぐ寝てしまいそうだ。しかし,今日のような失敗は怖いと思った。今日は朝起こされた時は,さすがにびびった。社会の授業の教材研究と授業プランの作成,道徳の学習指導案の作成と教材研究,授業プランの作成とやることが多々あったのにもかかわらず,覚えてはいるが寝てしまっていて,しかも何一つ終わっていない段階だった。びびったと書いたが,確かに起きた瞬間にはびびったが,あとは自分に呆れるだけだった。もうこういうことは何回目だろうと。
今日の授業も全てうまくごまかして乗り切った感じだ。社会も板書計画だけ完成していただけで,具体的な導入・展開の仕方の授業プランは何も出来ていなかった。道徳の授業も,前の日に和久先生から様々なヒントを頂いたのに学習指導案は不十分のまま提出,しかも高野先生に提出するのが遅れる,道徳ノートのコピーも遅れる,先生方に渡す学習指導案・資料のコピー・道徳ノート・授業の感想を書いてもらう用紙一式を配らなければならないのに準備が不十分など。こんなに準備が整ってないのに何とかごまかしてうまく乗り切っていることに腹が立つ。いっそのこと思いっきり失敗してしまえばいい。
本当に体裁のよさだけで乗り切っている感がある。こんなことで良い授業だった,悪い授業だったと評価も受ける資格はない。良かったと言われても嬉しいのは最初だけで,後からは空しいだけだ。道徳の授業は最後の自分の過去の話が失敗だった。高校の時,キャプテンを任されたが,やってよかったのか,やらなければよかったのか,どちらがよかったか濁して,少しだけみんなのため何かをやることはよいことだという方向にもって行きたかったのだが,逆に少しみんなのために何かをやることは大変ことだという風に生徒は感じ取ったかもしれない。
いつも先生たちは7時まではほぼ全員,8時で半分,4,5人の先生たちは夜9時を過ぎても残っている。教員はいつもこんなに夜が遅いのだろうか。それとも学期末だから遅いのか。
教育実習7日目
今日は授業が3つあり,1,3,5校時に2年C組,A組,D組の順番であった。今日もどの授業も教材研究も,授業構想も十分ではなかった。そのため当たり前だが,どの授業も満足のいくものではなかった。授業のどこが悪かったのかと考える前に,まず自分の納得するまで下調べをすることが先だ。このままずっと誤魔化して授業を行っていくのはもうやめにしたい。中学生に対しても自分を誤魔化していては何も言う資格はない。自分は見た目は誠実に見えると思うが,中身はそれに伴っていない。見栄っ張りの典型だ。しかし,幸いまだ時間はある。残りの期間は少しでも誠実に取り組もう。
明日は,1,3校時は2年B組,A組での社会の授業,4校時は1年C組で道徳の授業。不安しかないが,まずは自分の納得する授業の準備を行うことだ。
教育実習6日目
今日は3校時に2年B組で初めての授業だった。「しっかり教材研究をして準備をしても,自分の理想どおりに進まないものだ」と実習日誌には書いたが,実際はしっかりした教材研究も,自分の理想どおりの授業を行う準備もしていない。教育実習という状況になっても,いつもと同じことを繰り返しているということがとてもショックだ。いつも思う。授業の課題や試験勉強,様々な提出物,その他やるべきことを,時間に余裕を持って事前に終わらせることができれば,どんなに心にゆとりがあることだろう。毎日少しずつ,コツコツとやっていればと何回思ったことか。もういいかげんにこの悪循環から脱け出したい。
ここのところ,どうしても睡魔が勝り,やるべきことをする前に寝てしまう。やるべきことはとても重要なことなのに,なぜ寝ることができるのか,自分でも理解できない。いつかと同じようなことを書くが,実際はただ怠惰なだけなのに,何か疾患かという可能性を疑ってしまう。
今日の唯一の救いは,2年B組の生徒の一部に授業の感触がよかったことくらいだ。しかし,自分が納得がいっていないものに,
よかったと言われても最初は嬉しいが,後でよく考えると不完全なものを良いと言われてるのだから,あまり喜ばしいことではない。雨宮まみが書いていたが,「自分で自分が嫌いなのに,他人に好きにといわれても信用できない」まさにその通りだ。だが自分は,自分に対する自信というものがほぼ欠落しているので,相手が自分に対して言ったこと間に受けやすくもある。
教育実習5日目
今日から教育実習2週目。明日から授業。現在,26日の午前3時だが,まだ授業の準備が何も済んでいない。いつからだろうか,こんなに切羽詰ってからしか何事もやらなくなったのは。小さい頃からその傾向があったが,ここまではひどくなかった。原因は単純明快で,大学に入り,誰の監視もない一人暮らしの生活で緊張の糸が切れてしまっているからである。これだけ。誰のせいでもなく,ただ自分のせい。実はこれが一番きついのかもしれない。自分で改善するしかない。誰が何をしようとも,結局は自分で立ち直るしかない。何かのきっかけでポッと良くなることはない。泥臭く一歩一歩自分の手で這い上がっていくしか方法はない。
自分の話はいつも抽象的。何か具体例を挙げるか,実体験を挙げるかした方がわかりやすい。それができない場合は事細かな表現を用いることにしよう。
日記2
今日は,ほぼ一日稲刈りの手伝い。農家というのは一年の休日の半分は農作業をやっているし,平日も雑務に追われている。これでは仕事と農作業で,家族と余暇を過ごす時間も少ないし,自分の余暇もない。もし自分が幼い頃にこの農作業を行うことがなかったら,どうなっていたか。もう少しいろいろなことに興味を持っていて,将来をしっかり考えれるようになっていたか,それとも,やはり小さい頃から農作業を経験していた方が得だったのか。今は農業を手伝ってなかったらもっといろいろなことができたのにという思いが強い。しかし,これは現状に不満を持っているから言っていることであって,実はただの責任転嫁にすぎない。前も書いたが,うまくいかない原因を自分のせいではなく,他のことにしようとする傾向が最近ある。しかし,結局は自分のせいなのだとすぐ思い返すのだが。
自分は何か失敗があると,すぐに全て自分の責任と思い込む癖があるが(実際その場合が多い),常に物事を客観的にみて合理的な対応ができるようにしたい。どうしても客観性と合理性が通用しない場合にこころがくる。最初にこころがきては,物事の本質を見極めるのが難しくなる。
農業のことに話を戻すが,もしも農家ではなかったら生活の質がもう少し向上していたかもしれない。単純に農作業に当てる時間を他のことにまわせるからである。家の中が整頓され,暮らしやすかったかもしれない。もっといろいろな趣味を持てていたかもしれない。農業を否定しているわけではない。仕事と農業に追われ,余暇のない生活を否定しているのである。言うなれば,農業による収入もさほどなく,余暇を犠牲にしている兼業農家(農業による収入が従)を否定しているのである。兼業農家が多い地域は子供の学力が低い気がする。農繁期には子供を使うし,子供よりも生活が優先という感がある。この地域は労働賃金が安く,体を酷使して農業も行わないと生活が楽にならないという事情もあるので複雑だが,生活の質(お金も多少含むが,主にゆとり)を向上させるためには昔からの生活スタイルを見直す必要がある。
日記1
今日は学校は休みだったが,野球部の試合を見てきた。感想は簡潔に言うと,惰性で野球をやっている感じがした。何も考えずにただ野球をやっている感じがした。実際動かすのは体だからあまり考えすぎも良くないが,ある程度は考えて野球をすることが重要だ。中学生のレベルなら例えば,ランナーが2塁なら右方向を意識して打席に立つとか,サードが下手ならバントで狙う,リードと第二リードをしっかりとるなど,このくらいは考えれるはずだ。もう少し考えて野球をすることの大切さを教えたい。
試合後はグラウンドに戻っての練習だったが,これがけっこう疲れた。1時から5時まで。まあ,ダラダラやっていたということもあるだろうが。今まで部活では遠慮がちにやっていたが,中学生よりは知ってることは確実に多いはずだからもう少し積極的に教えよう。部員たちに何かを残せるように部活もできる限りのことはやろう。
