鋼材を高温にして引っ張り続けている「物質・材料研究機構」の実験の期間が世界最長を達成する見通しになった。今から40年以上前、寿命を正確に予測し、発電所や工場などでの事

故を防ぐ目的で始まった。今月27日未明、独シーメンス社が樹立した35万6463時間の記録を塗り替える。機構はギネスブックに事前申請した。



 実験は東京都目黒区にある機構で行われている。炭素と鉄を含んだ鋼材の丸棒(直径1センチ、長さ5センチ)を電気炉で400度に熱し、約2.4トンの力で引っ張る。これまでの

データから、政府の火力発電所の設計基準が改定され、微量金属の混合で寿命が約1000倍に延びることが判明した。


 実験が始まったのは69年6月、米アポロ11号が「月の石」を持ち帰る1カ月前。高度成長期で建設ラッシュにわいたが、国産の鋼材はデータ不足で、欧米製が使われた。前身の金

属材料技術研究所は遅れを挽回しようと着手。炉の交換による中断などを除き、停電でも自家発電で続けた。世界で30万時間超の実験例18件のうち、破断などで中止された10件を

除く全8件がここで続く。


 政府の事業仕分けで目黒の施設は廃止が決まったが、より長寿命の原発の材料開発などのため、規模を縮小し本部のある茨城県つくば市で続ける。4月8日に最後の施設公開を予定し

ている。機構の実験責任者、木村一弘さんは「信頼性の高い国産技術の象徴として不倒の記録にしたい」と話す。


 31日のEU外相会議に先立ち、アシュトン外務?安全保障政策上級代表(EU外相)は民主化支援のメッセージを伝達するため、欧州対外活動庁(EU外務省)の担当局長をチュニジ

アに派遣した。


■グルーポンは販売エリアを細分化し全国を網羅


 グルーポンは、2010年12月末時点で全国の82エリアに販売網をもつ。10年後半から東京や大阪といった大都市部でサービスを開始。50%、場合によっては80%超の大幅割引が話題を集

め、多くのクライアントを獲得するとともに販売エリアを拡大してきた。


 東京や大阪などの大都市は出店先(クライアント)が多いため、販売エリアを細分化する一方で、「地方部でも割引サービスを受けたい」という消費者の声を受けて、販売エリアを広

げてきた。


 「地方版」について、グルーポンは「地元の人はもちろん、大都市部の人も地方に出川崎 ソープかけるときなどに、ガイドブックの

ように使ってほしいという思いはあります。グルーポンを使って、新しい体験をしてほしいです」と話す。


 今後は地方でも多くの店舗に出店してもらい、「エリア数を増やしていきたい」という。


■「ご当地」クーポンは出店先との関係強化に活路


 「ご当地」クーポンサイトも花盛りだ。共同購入クーポンのおまとめサイト「日本クーポン.COM」には112ものクーポンサイトの名前が並んでいる。


 大手が販売エリアを広げる一方で、続々と登場する「ご当地」クーポンサイトだが、その一つ、「UNIQUE TICKET」、通称「ユニチケ」は山陽?四国エリアを中心に販売網をもつ。運営

するKG情報は、「利用者の多くは地元の消費者ですが、ネットの性格もあって、ご当地グルメなどは全国から購入希望が集まります」と話す。


 ただ、課題も見えてきた。


 地方にも小さなクーポン共同購入サイトがいくつも立ち上がっているが、グルーポンのような大手が地方に進出することで、クライアントの獲得競争はますます熾烈になっている。


 クライアント側に無理な販売体制を強いることになれば、「おせち騒動」のような品質の低下を招いて、客離れを引き起こしかねない。前出のKG情報は、「おせち騒動のような風評が

立てば、地方ではあっという間に広がりますし、クライアントの打撃も大きい」と懸念する。


 「ご当地」クーポンにとっては、クライアントとの密接な関係が強みになる。「クライアントと相談しながら、費用対効果を見極めて提案。またアフターフォローも含めて不満があれ

ばすぐに対応できるよう、密着してやっています」(KG情報)と、関係強化で「対抗」する構えだ。


 その後、午後10時ごろにハイヤーで関係者と帰宅。群がる報道陣に「大丈夫ですか?」などと笑みをたたえながら「後日、正式にコメントします」と述べて自宅に入った。左手薬指

には指輪はなく、人さし指にファッションリング。息はアルコールのにおいがした。

 報道陣の中には昨年末にスペイン?バルセロナの高城氏のアパートを訪ねた読売テレビ系「情報ライブ ミヤネ屋」のスタッフがおり、当時、高城氏にケーキを渡したことから沢尻に「

ケーキ食べましたか?」と質問。沢尻は「おいしかったです」と答えた。

 一時は離婚秒読みと言われた夫婦仲は改善されているとみられ、23日の発言に注目が集まる。

エリカ、ハリウッド進出も!4か月ぶり姿も結婚指輪なし


 「(高城氏と)復縁したんですか?」など、矢継ぎ早に質問が飛んだが、答えず。笑顔のまま「ちょっとごめんなさい」とだけ話し、タクシーに乗り込み走り去った。左手薬指には指

輪はなく、左人さし指にベーグル 通販指輪がはめられていた。


 帰宅は午後10時10分。「たかの友梨」関係者の女性と2人でハイヤーで戻ると「改めて、またお話ししますから」と近々に会見することを明言。同関係者によると、23日に都内

で行われる「たかの友梨エステティック?シンデレラ大会」に出席する予定だという。沢尻は帰宅した際に、同エステの紙袋を持っており、今後に向けた打ち合わせをしていたとみられる




 この日、高城氏との関係修復も確実になった。昨年末、日テレ系「ミヤネ屋」のスタッフがバルセロナに出向き、高城氏に「沢尻さんに渡して下さい」とケーキを託したが、「ケーキ

はおいしかった?」の質問に「あぁ、ミヤネ屋さん。おいしかったです」と表情を和らげ、ケーキを受け取ったことを認めた。バルセロナで高城氏と同居してい
href="http://biofloresta.jp/">スイーツ オーガニック たことになる。会見では、復縁についても説明するようだ。


 一方、高城氏はまだ海外にいるとみられる。高城氏は沢尻が帰国した12日にブログを更新し、バルセロナで年越ししたことを明かしているが、夫婦関係については触れていない。


 久々に帰国したものの、芸能活動再開については進展がないのが実情。一時は最終調整まで進んだエイベックスとの契約についても、離婚が契約の前提。そもそも、4か月以上も連絡

が来ない状態とあっては信頼関係の構築は難しく、契約しない模様だ。エイベックスは「コメントは差し控えさせていただきます」としている。


 問題行動や“不義理”の連続で、国内での芸能活動は今後も厳しい状況。複数の関係者によると、ハリウッド映画出演に活路を見いだそうとしているという。以前から海外志向が強く

、英語に加えスペイン語も習っている沢尻。オーディションはまだ受けていないが、高城氏の海外コネクションをフルに活用し、すでに具体的に出演作を狙っているという情報もある。


 今後も迷走を続けるのか、それとも海外での“ウルトラC”が実現するか。23日の発言が注目される。


 ◆ハリウッド?デビューを果たすには 米国でテレビや映画などに出演する際には、まず俳優の労働組合となる映画俳優組合(SAG)に加入しなければならない。正規の入会金を支払

って審査を通過するか、海外俳優の場合は過去の実績をSAGが評価し、優遇してもらえれば入会が可能だが、競争率はかなり高い。

日本航空(JAL)の国内線仕様のジャンボジェット、ボーイング747-400DのラストフライトとなるJAL1024便が20日、ラストフライトツアーの乗客450人を乗せ

て那覇空港(沖縄県那覇市)から羽田空港(東京都大田区)に到着した。便名は19日に同機が羽田空港から北海道の新千歳空港に向かったJAL3152便とつなげると「最後に飛ぶ

よ」となる語呂合わせ。3月1日には国際線仕様の747-400デリヘル 横浜も引退し、1970年以来、旅客機100機、貨物

機12機が導入されたJALのジャンボジェットは姿を消すことになる。




 ボーイング747-400Dは、ジャンボジェットの国内線仕様の最新型で91年から就航し、8機が導入された。短距離を多くの乗客を乗せて輸送することを前提に作られた日本専

用の機体で、座席数は546。長距離飛行で燃費向上に効果のある主翼翼端のウイングレットがないほか、頻繁に離着陸することを考慮して脚部などを強化した設計となっている。国際

線仕様の747-400同様、以前のクラシックジャンボよりも1人少ない2人のクルーで運航することが可能なほか、新型エンジンを採用することで燃費を改善している。JALでは

01年度から05年度にかけて747-400シリーズを40機以上運航していた。


 ラストフライトを終えた本木宏機長は「ジャンボに静かに羽を休めてもらうように着陸した。あと2時間ぐらいしたら、ぐっと来るものがあるのではないか。ジャンボは皆さんに愛さ

れていたんだなと思う」と感慨深そうに話していた。


 会見で何を語るのか。13日夜に帰宅したときは、報道陣からの「復縁は?」との質問に、「後日ちゃんとコメントしますんで」と答えたが、注目はこのとき、「ケーキはおいしかっ

た?」との質問に「おいしかったです」と応えたことだ。


 これは昨年末、日本テレビ系「ミヤネ屋」のスタッフがバルセロナで、高城氏に沢尻あてのケーキを手渡したことへの感想。はからずも、バルセロナで沢尻は高城氏と同居していたこ

とを認めた格好だ。


 「ええ、残念ながら二人は別れました。最近になって娘と話をしました。二人は長い間一緒にいましたし、別れというのはいつでもつらいものです。今は前に進むしかないでしょう。

キーラは今は仕事に集納骨堂中しています」と父親のウィル?ナイトレイはザ?サン紙にコメントしている。


 キーラとルパートは2005年の映画『プライドと偏見』の共演で知り合ったが、キーラのほうが有名になり、成功しているのをルパートは受け止めるのがつらかったようだ。「ルパート

は写真を撮られたり、追いかけられたりするのが大嫌い。でも、キーラは売れている以上、仕方がないことと受け入れていた部分があるんです。そういう部分がかみ合わなくなり、プレ

ッシャーを感じ始めて別れることになってしまったようです。でも、今後もずっと友人でい続けるでしょう」と友人はコメントしている。(BANG Media International)

オスカー俳優ふたりが合気道対決!? 映画『ヤギと男と…』特別動画が公開


 主演ふたりのほかにも、ジェフ?ブリッジス、ケヴィン?スペイシーらオスカー俳優たちが真顔でバカバカしいキャラを嬉々として演じている本作。劇中に登場する“ジェダイ計画”と

呼ばれていたらしい謎の特殊部隊創設計画は、愛と平和の精神に基づいて人間の奥底に眠る新能力を開花させることを目指したもので、このほど公開
href="fuzokudx.com/soap/executive.html">高級ソープされた特別映像でも、ブリッジス演じるビル?ジャンゴ小隊長が冒頭から“合気道と宇宙の調和”について力説。さらには、明

らかに妙な髪形のクルーニーとスペイシーがヘッピリ腰のまま合気道対決を見せる…という“ツッコミどころ満載”な内容になっており、名優たちが楽しみながら“奇妙すぎる実話”の

映画化に挑んでいることがわかる映像に仕上がっている。

男の「プライド」が気持ちをジャマしたのでしょうか……-キーラ?ナイトレイとルパート?フレンド - Dave Hogan / Getty Images
 交際5年になるキーラ?ナイトレイとルパート?フレンドがクリスマス後に別れていたことが明らかになった。


キーラ?ナイトレイ出演映画『わたしを離さないで』場面写真


 
アメリカ軍に実在した“超能力部隊”の仰天エピソードを基にした映画『ヤギと男と男と壁と』のDVD&ブルーレイがリリースされたのを記念して、本作の特別映像が公開された。



『ヤギと男と男と壁と』は、妻に逃げられヤケクソになった記者ボブ(ユアン?マクレガー)がイラクでかつて超能力部隊に所属していたという謎の男リン(ジョージ?クルーニー)に出会っ

たことを機に、大騒動に巻き込まれる一方で、知られざる特殊部隊の真実を知っていく物語。


エリカ様、ハリウッド進出は無理? 10カ月ぶり会見



 「高城氏との復縁は、日本での芸能活動を断念したのと同じ。エイベックス入りが決まりかけたが、それも離婚が前提。去年9月以来、沢尻はエイベックス側に連絡も入れておらず、

信頼関係を築くのはもう難しい」とプロダクション関係者。


 沢尻に残された選択肢は、高城氏の人脈を駆使して海外展開に活路を見いだすこと。会見では、“ハリウッド進出”をぶちあげるようだが、映画評論家の安保有希子氏はこう見る。


 「非常に厳しい。日本人女優が活動するには、本人が有力な芸能事務所に所属していることと、ハリウッドの一流エージェントと契約する必要があるが、今の沢尻さんにはどちらも欠

けている」


 それでも、持ち前の負けん気で打ってでるか。

北アフリカ・リビアの東部で、最高指導者カダフィ大佐の退陣を求める反体制デモが激化している。隣国のチュニジア、エジプトの民衆蜂起による独裁者打倒に刺激された動きだが、治

安当局側は徹底弾圧の姿勢を崩していない。中東・アフリカで最も長い41年にわたり権力を独占するカダフィ体制は、存続の危機に直面しているのか。行方を探った。

 在外リビア人団体やリビア在住者によると、デモは19日までに少なくとANAも国内7都市で発生。反カダフィ派が活発な同国東部ベンガジでは、

市外から送り込まれたとみられる治安部隊が実弾射撃で抑え込みを図っている模様だ。


 東部は歴史的にキレナイカ地方と呼ばれ、リビアが51年に王制下で独立した際、首都トリポリのある西部トリポリタニア地方などと一緒になった。開発の遅れなどから反カダフィ感

情が根強いとされる。デモ隊とされる映像には王制時代の国旗も見られる。


 15日に反体制デモが発生してから、カダフィ氏の三男サーディ氏(37)が派遣され、事態収拾に当たっている。18日には演説でベンガジでの開発の遅れを認め、対応を約束した

という。「最高指導者の指示」(外交筋)とみられる。弾圧に投入された部隊は別の息子が率いる精鋭の「ハーミス部隊」だとの情報もある。地元住民の間には「アフリカ人雇い兵がい

る」との話もある。


 混乱する東部に比べ、首都トリポリ周辺は「平穏な状態」(住民)だという。国営テレビは18日、カダフィ氏が街頭で市民から熱狂的に歓迎される様子を放映。「体制は盤石」との

印象を演出した。外国企業が開発する油田からの豊富な収入で支持派を優遇する一方、反乱は容赦なく排除する「アメとムチ」で体制維持を図っている。


 政権に人権尊重の考え方はほとんどなく、治安当局はデモを容赦なく弾圧できるため、体制打倒は容易ではないとの見方が強い。カダフィ体制が崩壊した場合、「まともに機能する行

政機関が存在しない」(西側企業筋)ため、大混乱が生じるのは必至だ。


 現在68歳のカダフィ氏が自ら退陣する気配はない。後継者候補としては三男のほか、「開明派」で近年の経済開放策を主導する次男のセイフ・アルイスラム氏(38)や、国家安全保

障担当の四男ムアタシム氏らの名が挙がっている。中東に民主化の大波が寄せている今も「権力世襲」で現体制を維持しようとしている。


 ◇カダフィ氏、69年に政権掌握 「大佐」は呼称


 1942年にリビア北部シルトで遊牧民の子に生まれる。中学生のころから「革命」にあこがれ、ナセル・エジプト元大統領(1918~70年)のアラブ民族主義に傾倒。東部ベンガ

ジの士官学校に進学すると、在学中に民族主義の将校団を組織、英国留学も経験した。69年9月、将校団を率いて無血クーデターを成功させイドリス国王を追放して軍事政権を樹立。

27歳の若さで革命指導評議会議長となった。


 その後、首相兼国防相や全人民会議書記と肩書を変えながら政権を掌握。79年以降は肩書を持たず事実上の国家元首として君臨している。「カダフィ大佐」と呼ばれるが、「大佐」

は呼称。尊敬するナセル元大統領のエジプト革命時の肩書が「大佐」だったことなどからこの呼称を好んでいるとされる。


 73年4月からイスラム教の聖典コーランに社会主義思想を合わせた形で文化革命を推進。自らの革命思想を書いた「緑の書」に基づく国家建設を行っている。


 たびたび米国と敵対し、レーガン元米大統領には「中東の狂犬」と呼ばれた。86年には米軍がトリポリ、ベンガジの軍施設やカダフィ氏の自宅を空爆。このとき養女を失った。しか

し、03年12月に大量破壊兵器計画の放棄を発表し、米欧との協調路線に転換した。


 外遊の際には、遊牧民の使うテントを設置して、民族衣装で各国首脳と会談するなどパフォーマンスでも知られる。

 この度死亡した朴?ジョンスン氏は、第一副部長に任命されてまだ4か月しか経っておらず、末期癌患者を党中枢の幹部に任命するとは考えにくいことから、彼の死因は肺癌とは別にあ

る可能性がある。

また前任の李?ジェガン氏は、金総書記の妹の夫で、実質的な政権ナンバー2の張成沢(チャン?ソンテク)氏のライバルだったといわれる。


 相次ぐ組織指導部トップの死亡は、北朝鮮権力中枢部の権力闘争が関係しているのではないかという見方が、韓国の北朝鮮専門家の間で提起されている。


 柴田のブログは2009年12月31日から更新されていなかったが、テレビ復帰後、同エントリーには2万を越えるコメントが寄せられた。柴田は、13日に「鶴千羽?カバ千匹ありがとうござ

いました。心から感謝しています。明日、ブログ更新します。よろしくどうぞ!」とシンプルな文章で1年ぶりにブログを更新。14日付の記事で「自分が休んでいた長い間、応援や励まし

のコメント本当に感謝しています。そして、応援してくれる皆さん、関係者の皆様、ご心配をおかけいたしまして、本当に申し訳ありませんでした。柴田英嗣、元気に復活でございます

。休んでいた分、休む前よりも皆さんに感謝し、何よりパワフルに頑張りたいと思います」とファン、関係者に向けてつづった。なお、テレビ出演時と同様に、ブログでも活動休止の理

由については触れられていない。

 14日付スポーツ報知によると、すでに別居中で、夫人は「勝手に出ていったので」「女性のところ? そうでしょう」と激白。不仲の原因は、たむらの女性関係とみられ、代理人の

弁護士を通じた話し合いが続けたれているという。


 
 好調な芸能活動に加え、大阪、名古屋などに計3店舗JALある焼き肉店、鉄板焼き店も盛況だが、夫婦関係もチャーんとしないと。
アンタ柴田が1年ぶりにブログ更新「本当に申し訳ありませんでした」


 11日に放送されたTBSの特別番組「炎の体育会TV」で復帰したお笑いコンビ、アンタッチャブルの柴田英嗣が、1年ぶりにブログを更新した。


柴田英嗣からの謝罪の言葉


 
アンタ柴田が「元気に復活」宣言 休養中の号泣エピソードも 


 11日放送の特番で約1年ぶりに仕事復帰し13日夜にブログも再開させたお笑いコンビ?アンタッチャブルの柴田英嗣が14日未明、再びブログを更新。ファンや関係者に対し「ご心配をお

かけいたしまして、本当に申し訳ありませんでした」と謝罪したが、前日のブログ同様に休養理由には触れず「柴田英嗣、元気に復活でございます」「またお笑い芸人として、少しでも

みんなに楽しんでもらえるようにやかましく参りたいと思います」と活動再開を宣言した。


結婚から芸能活動まで 「アンタッチャブル?柴田英嗣」のヒストリー


 「休んでいた分、休む前よりも皆さんに感謝し、何よりパワフルに頑張りたいと思います」という柴田は、ブログに多数集まった応援コメントに感涙したといい、「もうこんなに泣く

事はないと思ってたけど、トイレの神様聞いて半端なく泣いたぁ~~~泣きすぎて、ほとんど歌詞聞いてないから、何で泣いんだかわかんないけど、泣いたぁ~」と休養中のエピソード

を綴っている。ちなみに「僕のおばあちゃんは『生きてい~る~ん~やで~』」という。

紳助、横澤さん哀悼「天国でまた漫才ブームを」


 8日に肺炎のため死去した元フジテレビ?ゼネラルプロデューサーの横澤彪(よこざわ?たけし)さん(享年73)の通夜が13日、東京?大田区の池上本門寺で営まれ、関係者約100

0人が参列した。


 「オレたちひょうきん族」のレギュラーだったタレント、島田紳助(54)は吉本興業を通じ滞在先のタイ?バンコクから哀悼のコメントを寄せた。「私が23歳の時、漫才ブームの
キャッシング前夜、うめだ花月に見に来られた事を昨日のように思い出します」と述懐。「天国でまた漫才ブームの準備をしておいて

ください。今度はちゃんとやりますから」と約束した。