久しぶりに書きます!


23年の12月は、弟一家と両親と熱海旅行に行ったり

24年になる年末年始は釜山に行ったり

24年GWには釜山から家族がきて、

義理妹の赤ちゃんにはじめましてしたり立ち上がる飛び出すハート

楽しいことたくさんありましたガーベラ



8月23.24日は母と初仙台へ新幹線真ん中新幹線前

仙台も例外ではなく、とっっっても暑かったけど晴れ晴れ晴れ

松島を船で見れて、

美味しい海鮮丼や牛タンやずんだを食べて

青葉城を見て楽しく過ごせましたグラサンハート





一泊二日だったから慌ただしかったけど、

思った以上に仙台は素敵な街でしたキラキラ



帰ってきて仕事の日々に戻っていたんですが

たまたま休みの日にテレビ見ていたら

父から電話!!!!珍しい…


「なーにー?」とでましたが、

電話の向こうで誰かと会話している様子。

間違えて通話ボタン押しちゃったのかなー?と思ってあたら

急に「ごめん、お母さん倒れちゃった」と…



一瞬で心拍数あがったのが分かって、

何話したかよく覚えてませんが、救急車の中からかけてくれていて、

とにかく病院に向かうことにしました。


バスを待つ間、電車に乗っている間

いろんなことを考えました。

熱中症ぐらいだといいな、行って亡くなってたらどうしよう

とかとか。


最寄り駅から15分弱歩いたんですけど、

普段は絶対日傘さすのに、日傘なしで普通に歩いて

でもたぶん全然汗かかなかった気がします。

必死に「ふつう」に歩こうとしてた気がします。。


母は35年前、脳出血で倒れたことがあって、

もやもや病という脳の難病と付き合ってきていました。

なので、たぶん脳のなにかではないか…と

嫌だけど覚悟はしてました。



病院に着くと、父が先生から説明を受けている途中で

病状はまったく分かりませんでしたが

説明してるってことは、生きてるんだキラキラ

とわかり、それだけですごーく安心しました泣くうさぎ



結果は脳出血で、

いったん止血できたけど、

もやもや病のため、血圧を上げすぎても下げすぎてもダメ。

今後バランスをとって生活するしかない。

右側の麻痺が強く、言葉の障害も残りそう、とのこと。



夫も早退して病院に来てくれて、

翌日は北海道から弟も来て、

翌々日は大叔母とはとこが来てくれて

不安定ななかでも不思議とつながりを感じました。



今までのところ経過は順調で、

2週間、集中治療室に入り、

1ヶ月普通病室に入り、

いまはリハビリ病棟に入院してリハビリ頑張ってますピンクハートハート




母が死んだらどうしようって

今回何度か考えました。

すごく怖いことなので心の準備的なことかもしれません。


死んでしまったらもう会えないから

ものすごく悲しいし寂しくなると思います。

ただ、悲しいし、もう会えないけど

今まで一緒に過ごした時間とか気持ちとか事実は消えないんだな

って気づきましたニコニコ

日常の写真やビデオはないし、どこにも保存してないけど、

実家での生活とか旅行とか作ってもらったもの教えられたこととか

ぜーんぶ本当にあったこと!!

地球で起こったこと!!



今までのこと全てが、今のわたしを作って気付きました立ち上がる

「わたしの中であの人は生きてる」って

今までは、うーんって感じだったけど

そういうことなのかもな。


だとしたら、そのわたしが幸せに生きていくことが

「わたしの中であの人は生きてる」ってことなのかな。




まだまだ先のことであってほしいけど、

この2ヶ月そんなことを考えました照れ