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英明に1本の電話があった。
雪花の母、響子の実家からだった。響子が、癌に侵され余命いくばくもないこと、そして、一目、雪花に合いたがっているので、合わせてやってほしいとのことだった。
英明は、今更、母親と言われても、雪花が混乱するからと言って断った。
それ、以後も何回か懇願する電話があったが、英明は頑として受け入れなかった。
雪花は、何も知らずに過ごしていた。
中間試験の時だった。いつもより早く帰宅した。真理子は出かけているらしく、家には誰もいなかった。
雪花は自分の部屋で、試験勉強をしていた。その時、玄関のチャイムがなるので、出てみると、宅配の人がいた。
「サインお願いします」
「はい」
とサインをし荷物を受け取り、何気なく差出人を見ると、京都からだった。
香典返と荷物内容のところに書いてあった。
雪花は、英明宛だったが迷わず、開いた。
薄墨で母、響子の死と葬式、それに対する、形式的な文言が並んでいた。
「!」
雪花は、差出人の電話番号に電話をかけた。
何回かのコールの後、女性が電話に出た。
「はい、室生でございます」
一瞬、雪花は言葉に詰まった。
「もしもし」
先方が問うてくる。
「あっ、はい、あの、雪花ですが・・・・」
今度は先方が詰まる。
雪花は続ける。
「あの、母が亡くなったんでしょうか?」
「・・・・・・雪花ちゃん・・・・・・」
電話の向こうで泣き崩れるのがわかる。
「あの、もしもし」と雪花が続ける。
暫くして、男の人の声に変わった。
「雪花ちゃんか?」
「はい」
「私は、響子の父、君のお祖父ちゃんだ。さっきのは君のお祖母ちゃんだが突然のことで、気が動転してすまないね」
雪花は祖父から、母が最後に雪花に会いたがっていたことを聞いた。
雪花は、言った。
「明日、そちらに行ってもいいですか?」
祖父は一瞬言葉につまり
「しかし、学校もあるだろうし、お父さんが・・・」というと雪花は、
「明日で試験が終わります。早くに学校が終わるので、学校が終わったら、そちらに伺います」
「しかし、雪花ちゃん、お父さんが反対なさるだろうし」
雪花はしばらく無言だったが、「明日、伺います。」と言った。
祖父も、反対は出来ないと思ったのか、
「じゃあ、何時の新幹線に乗るか連絡してくれるかな?」
「わかりました。では、今日は失礼します」と言い電話を切った。
(続く)
雪花は中学3年になった。
皐月とは時折会って、おしゃべりをした。
相変わらず多忙な日々を送っていた。
絢美は中等部に進んだ。編入当初は中学はJ女子を狙うと言っていたが、受験勉強が面倒で結局そのまま、上に上がった。
絢美は思ったより身長が伸びないのが、悩みの種だった。少し、ぽっちゃりしてきた。
(はあーあ、もっとスラッとしたスタイルにならないかな・・・・・バレエ続けてればよかったかもなあ・・・・今更身体動かないしなあ・・・・)
絢美は時折、皐月を駅で見かけた。(結構、かっこいいかも・・・・・)
絢美の学校で学園祭があった。父と母がやって来た。
絢美は、3年生の女子生徒に囲まれている、背の高い男の子を見つけた。
(杉浦くん)
皐月は友達が、この学校にいるので、学園祭に遊びに来たのだった。
絢美の横に同級生が寄ってきて
「ねえ、かっこいいと思わない」と言う。
絢美はとっさに「知ってるよ、あの人」
「えっ、じゃあ紹介して・・・・」
「いやだよ」
「なんで、知り合いなんでしょ」
「そうだけど」
「知り合いなんて、嘘でしょ」
「違うよ、本当に知ってるもん」
「嘘だ~」
「本当だよ」
「じゃあ、紹介してよ」と、食い下がる。
絢美は、仕方なく、皐月に近づいていった。
「あの・・・・」
皐月が絢美の方を向く。
「いつも、お姉ちゃんがお世話になってます」なんか、変な挨拶だが、それ以上の言葉が思い浮かばなかった。
皐月は普通に「ああ、雪の妹さん」と言う。
絢美はホッとした。
絢美は少し、甘えたように「あの、もしよかったら、学校案内しましょうか?」と、言うと皐月は
「ありがとう、でも、友達がいるから・・・」と断った。
横から、同級生が絢美のわき腹をつつく。
「あっ、あの、この子、同じクラスの宮園さん、紹介しろってうるさくて・・・」と少し拗ねたように言った。
皐月は、笑いながら「ああ、どうも、宜しく」と言う。
そして皐月は「じゃあ」と言うと、友達と立ち去った。
3年生の女子が絢美のことを見ていた。
内心、どきどきしていた絢美だが、平気そうな顔をして、同級生を促し立ち去った。
絢美は思った。(お姉ちゃんと皐月は付き合ってるのだろうか?もし、自分が皐月と付き合ってるってなったら、お姉ちゃんはどう思うだろうか?)
絢美はいろいろと考えた・・・・
(続く)
皐月は、雪花に何がいいと聞き、雪花が「レモンティー」と答えると、コーラとレモンティーを注文し、空席を探した。
2人掛けの席につくと、皐月はレモンティーを雪花に渡しながら、「結構、濡れたな」といい、自分のハンカチを差し出したが、雪花は、「ああ、タオル持ってるから」といい、皐月のハンカチを断った。
「学校来なくなったけど、あれからどうしてた?」
「上海に行ってた」と言い、笑った。
「ほんと?」
「うん、本当」
皐月の父親は仕事の関係で上海に単身赴任している。皐月の不登校に手を焼いた母親が、環境を変えようと、皐月を連れて父親の所に行ったので、皐月は上海に1年ほど滞在したそうだ。
父親はまだ向こうにいるとのことだ。
皐月の話だと、日本人学校に通って、日本人の多いマンションに住んで、日本食を食べてほとんど日本での生活と変わらなかったそうだ。
街は広く、雑多で皐月は面白かったが、空気の悪さと人の荒っぽさに母親は閉口したらしかった。
そして、1年ほど滞在して、日本に帰国した。今は、地元の公立中学に通っている。
「雪、学校、どこいってるの」
「U大付属」
「やっぱな、お前、頭いいもんなあ」
雪花はあいまいに笑っていた。
「でも、よくわかったね、あんなに離れてたのに」
「あはは、お前わかりやすいから」
「なんで?」
「立ち方とか、歩き方とかさあ、なんか特徴あるからな」
「あっ、そうか」
「ヴァイオリンも続けてるのか」
「うん」
話しているうちに雨がやみ、皐月と雪花は席を立った。
皐月はPCのメールアドレスを雪花に渡した。雪花は自分のアドレスを渡して、雪花の自宅近くで別れた。
珍しく、家族揃っての夕食だった。雪花は無言で箸を口に運ぶ。
絢美は学校のことをしゃべっていた。絢美はあの件以来、雪花を無視していた。
そして、意味ありげに、「お姉ちゃん、今日、男の子と帰ってたよね?誰」と聞いた。
「ああ、小学校の同級生、帰りに偶然会ったの」
「ふ~ん、なんか、すごく仲よさそうに見えたから」
「ああ、小学校の時、結構仲よかったからね、途中、転校してまた帰って来たんだって」
「そう」
絢美は淡々と答える雪花が面白くなく、話をやめた。
(続く)
英明はやっとの思いで、絢美の転校先を見つけてきた。
R学園、私立の中堅よりやや下になるが短大までエスカレーター式に上がれる。地味な学校ではあるが、校風はのんびりしていて、いじめの問題もないそうだ。
(絢美には会ってるだろう・・・・無理して受験なんかしなくてもいい、楽しく過ごせばいい・・・)
「えーっ、R学園~」絢美は転校先を真理子から告げられた時、不平を漏らした。
「何、言ってるの、パパ大変だったのよ、私立に編入なんて、お金もかかったし・・・・」
「だって、J女子ってパパ言ってたのに」
「J女子なんて、お勉強大変よ」
「だって~」
「だってじゃないの、落ち着いたいい学校よ。パパ苦労したんだから、文句言っちゃだめよ」
「う~ん」
都心にある、J女子や雪花の通う国立付属と違い、R学園は郊外にある。制服も好みではない。なんとなく地味な感じもする。
(あ~あ)絢美はため息をついた。なんか自分ばかり損をしているように思った。
絢美はR学園に編入した。おとなしい子が多かった。学校は思ったより悪くなかったが、通学に1時間近くかかるのが、思ったよりきつかった。絢美はバレエをやめた。今までも、特に好きというのではなく、雪花がやっていたから続けていたのに過ぎなかった。
(しかし、お姉ちゃんよく、あんな生活できるなあ。塾にヴァイオリン、バレエに週3回とはいえ、学校のダンス部にも入ってる・・・・・)
雪花は、毎日、多忙なスケジュールをこなしていた。
ある日、バレエのレッスンの帰り、突然のにわか雨に見舞われた。どこか雨宿りの場所を探し、走っていると、
「雪!おい、雪だろ!」
雪花が雨を通して、声のほうを見ると、背の高い男の子が、傘をさしてこっちに走ってきていた。
雪花を傘に入れると、「覚えてないか?」
「皐月?」
「久しぶり!」
「行こう」皐月は雪花を引っ張るように、近くのファーストフード店に入った。
(続く)