拝啓
シラバスの意味もまだ知らない君は、
ハロー、ハロー、聞こえていますか。
アンテナバリサン、音信不通。良好だね。
わたしはというとね、
今日だけで足りるかなと思ってるよそれでも聞いてほしいことがあるんだ。
君は知っているかい?
細く長い、鉄の腕をした彼のことを。
媒体もない世界で鈍く光るんだ、不思議だろう、
まるでわらっているようなんだ。
その彼に噛み潰される感触を、
あの腕に抱き殺される感覚を、君は、知っているかい?
わたしは知らなかったよ。
わたしにあれほどの力があるだなんて。
君のうすぐらい温度の中で、
息をしているだけで精一杯だと思っていたのに。
自分を褒めてやらないとねそうでもしないと誰も褒めてくれない、
そうだろう?
それは君が一番知ってるはずだもの。
わたしはね、もう足が動くんだ。指も、手も、顔だって強張ったさ。
ああ、ああなんておそろしい。
よもや人の形とはとれないであろうわたしに感情があったのだ、
化け物じみても生きている、どうか愚行を許したまえ。
それを終わらせたのは君なのだから。
きっと神は足の裏で拍手しながらお喜びになることだろう、
よかったね、泣くのはわたしだけで済みそうだ。
そもそもわからないんだ、「わたし」なのか「僕」なのか。
教えてくれなかったね、君は黙ってばかりだ。
あなたはきっと若すぎたのですね。
これの使い道だって知らないようじゃまだまだ乳飲み子、
そう言えば君のよく飲んでるミルク、
やっすいまずいやつだよね変えればいいのに。
どうや顔でひらりと振ってみせる小さな正義、大義名分。
欲望に素直だと認めることに何よりも否定的。
ただ快感には非常に肯定的。
なんと都合のいい犬でしょう。
おかげでわたしはとばっちり。
あぁ、泣くな同胞よ。
下水に流され、公衆に捨てられた同胞よ。
声をあげずに泣かないでおくれ。
わたしがたすけてやれなかったね、つらい思いをしたろう。
お互い様だときっとあちらは言うよ、
被害者のような顔をした加害者が、
口先軽く、白いハンカチィフで、そそと涙ふいたりして、
もはや怒りすら沸いてこない。
出来の悪い絵本そのものだ。
君に何をしてほしいわけでもないんだよ、
喘ぐくらいに泣いてほしい、違う。
悶えながら死んでほしい、違う。
息を止めながら生きてほしい、違う。
ただ聞いてほしかっただけなんだわたしのひとりよがりを。
君に聞いて、知ってほしかっただけなんだ、
君がどれだけ請うてもそれだけは聞けない。
許してあげるよ、許してあげるさただころしてあげない。
その死にそうな心のまま生きていくがいい。
そもそもだ、つながっていたんだよ、覚えてる?
君はわたしでわたしは君だった、
それほどまでに分かり合っていた。
君はわたしに酸素をくれた。
はずなのに、ね。
君が死んでしまったらわたしは到底生きてはいけないけれど、
君はわたしが死んでも1週間泣き、
3週間悲しんだふりをし、
そのあとさながら生娘のようにまた笑うだろうね。
それでも確かに愛していたよ。
本当だよ、本当に愛していたんだ。
ただ手を離したのは君の方だから、
片思いじゃなにも楽しくない。
だからごめんね、
いいや違うなさようなら。
ごめんねは君が言うべきだ、
このきれいな世界に頭をこすり付けて汚れればいい。
それでもわたしは君を愛しただろうね、
ただ君はそうじゃなかっただけ。
とことん身勝手で醜いいきものだ、おんなと言うものは。
どうかわたしのゲノムはそうでないといいな、
それではおやすみ、
愛がすべての世の中で、
赤と白しか食べない偏食家の君を心より侮蔑する。
敬具
(親愛なる)16歳の母へ
さて、「わたし」は何でしょう?