27日、TV撮影があるという事で行ってきました、バッカーノ。


http://trattoriabaccano.blog27.fc2.com/blog-category-1.html



前菜盛り合わせでおすすめワイン(白)を嗜みつつ、彼ら
(つるの剛・小森純・森三中)の来るのを楽しみに待ってました。

あ、ちなみに手作りハムとパテ、美味しいよ音譜



黒ソイのカルパッチョを食べ始めた頃、ザワザワと来た来た・・
スタッフ入れて、20人弱 目



フォースと共に。

内緒のピーピングあせる・・写り悪くてダウン

奥から 森三中大島・黒沢・小森純・つるの剛



やっぱオーラありますわ、みなさん。


森三中の大島サン、テレビで見るより細い!肌もつるつるで
思わず握手してもらいました~にひひ


日テレの女子アナ、なんていう人だろ、きれい(笑)



番組の内容は、恵比寿のイタリアンのお店をハシゴして、
形の違ったパスタを食べつくす・・的なものでした。ナイフとフォーク


30分ほどで無事撮影は終わり、みんな帰って行きましたが
「どうもお騒がせしました」
ってわざわざ挨拶に来たつるの剛サン他みなさん感じ良かった
ですよ~



撮影も終わって、落ち着いたところで


・タレントが食べてたあのパスタ(名前わかりません)
・イカスミのパスタ少々
・豚ほほ肉の煮込み少々
・牛ひれのなんたらかんたら(メニュー見ないとわからん)


美味でござりました~



毎度業務連絡ですいませんしょぼん


ヒルナンデス放映日

日テレ(たぶん全国放送)
5月11日か18日(18日が有力)の11:55~


暇だったら見てみてくださいね音譜

今朝の読売新聞一面に出ていたのでご覧になった
方も多いかと思います。


岩手県宮古市の昆愛海ちゃん(4)が22日午後、
「ママに手紙を書く」と言い出した。


親戚の家のこたつの上にノートを広げ、色鉛筆を持つ。
1文字1文字、1時間近くかけて書いた。


「ままへ。いきてるといいね。 おげんきですか」


そこまで書いて疲れたのか、すやすやと寝入った。


両親と妹は11日の東日本巨大地震による津波にさらわれ、
今も見つかっていない。(紙面より)


フォースと共に。


海を愛すると書いてまなみちゃん。
その海によって愛する家族と離れ離れになってしまった。


あどけない寝顔に胸が詰まる思いがします。




この話が、昔描いたイラスト↓のシナリオとほとんど
一緒だったので思い出してしまいました。


フォースと共に。



でも、愛海ちゃんにもいつか楽しくてうららかな春が
必ずやってくると信じます。↓


フォースと共に。
   一人じゃないよね




お蔵入りのイラスト引っ張り出したところで
気まぐれブログ、しばらくお休みかなあせる



勝手ながらみなさんのブログは相変わらず覗かせてください<(_ _)>


我が家の息子たちは三兄弟ですが、笑えるくらいに同じ道を
たどっています。



フォースと共に。



同じ高校、同じ部活(ラグビー部)だったので体育会系の
ノリ、そして兄弟ばっちし縦社会(笑)


今回のボランティアでは、当時のきつい走る人練習の成果がぞんぶん
に出ているらしい。



大きなドブ板などを何枚も運んでいる姿を見て土建屋の
おっちゃんに驚かれたとか。


「飯岡の英雄だぜ」


そんなメールが入ってました。



それでいい。
小さな力で大した役には立てないだろうけど、少しは周りを
元気に出来たに違いないグッド!



こうして父を越えて(ってもうとっくに越えてるか)行く姿
は頼もしく、嬉しいものですアップ




さて、何も出来ないざびとしては仕事を頑張るか。
手術を待っている人がいるからなぁ。





※先日のブログ、削除・・と思ってましたがコメントを
頂きましたので一部だけの削除にさせていただきましたアメーバ





あまりいい感じの言葉ではないんだけど、「臥薪嘗胆」は
日本人のDNAに刷り込まれてる気がする。


今度の相手は災害です。


必ず災害に対峙する力があることを過去の歴史が物語って
いると思います。




岩手、宮城、福島の陰に隠れてあまり報道されませんが
千葉の旭市も同じように津波の被害がありました。


ここの飯岡海岸は若かりし頃のざびが毎週のように波乗りに
いそしみ、そして今は息子たちが遊ばせてもらっている波
海岸です。



本日より、長男&二男がそのせめてもの恩返しにと
サーフィン仲間と共にボランティア活動のため
旭市に向かいました。



父の分まで頑張ってほしい。



そして、私はこの息子たちを誇りに思います。




日本人のモラルの高さや我慢強さが各国で評価されている
けれど、その耐えている気持が堤防を越えて津波にならぬ
よう、一日も早く被災者のストレスが消え、笑顔が戻る日を
祈らずにはいられません。     
                                ざび



道は目の前から渋滞。


常磐線はこっちまで来てません^^;


TXが一番近いので駅までとぼとぼ・・・


駅は表まであふれかえり、それでも列に並んでいると


「10:30分から全面運休」とのアナウンス。


これじゃ帰って来られないや。


今日は得意先回りをあきらめて帰ってきました。



あ、駅のシャメ撮ってくるの忘れた。


おとなしく仕事場に向かいます。


あ~・・・ここ確か午後から停電予定だったな・・。



被災地の方達、応援してます、頑張れ!



高校時代に初めてダンスパーティというものを知った話。


パーティが始まると、必ずと言っていいくらい最初の曲は

テンプテーションズ、あるいはレア・アースの「ゲット・レディ」


最後の締めはチーク。


プロコル・ハルムの「蒼い影」
でなければ つのだ☆ひろの「メリー・ジェーン」


と相場が決まっていた(笑



’70ソウルにはいろんな思い出がいっぱい詰まっています♪



その頃、この曲でソウル・チャチャのダンスを覚えました。



そんなわけで今日のしみじみな歌↓

The O'Jays - Back Stabbers

http://www.youtube.com/watch?v=hzTeLePbB08&feature=related



&ついでにその頃の一つ上の彼女にプレゼントされた
このレコード。
今の子達には「なんだこれwww」なんだろうなぁ。↓


僕の彼女は三つ年上 / Cooke, Nick & Chacky

http://www.youtube.com/watch?v=WiR55JbQFWU&feature=related




今から30年も前の事になります。


当時、三億円かけて土浦に大きな中国料理店を
開いた知り合いがいました。


その人はもちろんざびよりもずっと年上のなの
ですが、ある日こんな話を聞かせてくれたのです。



子供のころにね、家に食べるものが無くて、学校に
弁当も持っていけなかったんだ。


そしたら先生がどうしたんだ?って聞くんだよ。


恥ずかしいから「忘れました」って言うと、先生に
「取ってこい!」って怒鳴られてな。


「家で食べてきます」って言って、昼休みの間
ずっと校庭の隅で時間を過ごしてたんだわ。


そん時にさ、大きくなったら絶対に料理屋さんやろう
・・・って。
お袋にも腹いっぱい食べさせてやろう・・・って、
そう思ったんだよな。




この歌を聴くと、曲の中の情景と共に、この話も
思い出されます。


ということでそんな今日のしみじみな歌↓


ヨイトマケの唄 美輪明宏

http://www.youtube.com/watch?v=sxHf7xW12xg




江戸川土手が大規模な区画整理を行うまでは
(→ざびが小学一年生まで)

川沿いの道が町の本通りでした。


同級生の のり子ちゃん家も通り沿いにあり

その前には「会館」が建っていました。



その会館は映画を上映したり、「ドサまわり」と呼ばれる

旅の一座がやってきたり・・・そんな時代です。



のり子ちゃんはある時上演にやってきた一座の女の子と
仲良しになって、毎日楽しく遊んでいたそうです。


そんなある日、その女の子がじょうろで会館の周りに水
をまいているのを見て、のり子ちゃんが聞きました。


「何してるの?」


「あのね、明日雨が降ったら舞台がお休みなの。そしたら
またのり子ちゃんと一日遊べるでしょ、だから今からお水
まいてるんだ」


「そっか!じゃあたしもまくね」




<周りが濡れてる=雨>という方程式を信じてた二人は
日が暮れるまで水をまいてたそうです^^




その当時、親に連れられてお出かけした上野公園の下
あたりには、まだ傷痍軍人と言われる人たちが道行く人に
寄付(?)をされていました。


白装束、あるいは包帯を巻いて、手足の無い人もいました。


何だか怖いような、悲しいような思いにさせられたものです。




ガード下の靴磨きの少年までは知らなかったけれど、

きっとそんな子供たちもいたんだろうなぁ。




そんな今日のしみじみな歌↓


ガード下の靴みがき

http://www.youtube.com/watch?v=mosv_Yye6lI&feature=related



3月10日


父が千駄木の家から今の町に引っ越して来たのは東京大空襲
以降で、もちろんそこに一因がある。


当日、父は浅草の親戚に届け物に行って空襲にあった。


隅田川の橋を渡らなかったおかげで助かったのは運が良かった
んでしょう。



アメリカ軍による明らかな国際法違反。


そしてアメリカの落した原爆の下には涙を流したマリアの像が
あった事を彼らの大部分は知らない。


だが彼らに言わせると日本は「悪」だからいいのだ、と言う。


メア氏の沖縄発言を聞くと、いまだにその考えが根底にある
のだろう。


大戦後に従軍カメラマンとして長崎を訪れたジョー・オダネル
の勇気については相当長くなるので後ほど・・。



ざびは争い事が嫌いな平和主義者なので、戦争には反対の立場
だけれど、昨今の中露の動きを見ると何だか日清・日露戦争
前によく似ている気がする。


弱体化していく国があれば自国の利益のために侵略していく・・
そんなモンスターに対抗するには、やはり<重武装>

ではないかとも思ってしまう。


ただし、「重武装中立」



あくまでも戦争は反対の立場を取りたい。




戦争は悲しみしか残らない、そんな今日のしみじみな歌↓


岸壁の母

http://www.youtube.com/watch?v=Rj4LIVCyuZU&feature=related




しまった。社会ネタになってもたあせる