国会前、増上寺前、都庁前、蔵前、江戸前、etc.
何故、前のつく名称が多いか。
それは、名詞より先に名詞の場所を意識するから。私はどこにいるの?どちら様?などの表現の発想はここにある。フランスな首都はどこだっけ?どこの店がおいしい?
名詞を把握、認識する時、無意識のうちにその場所、にスポットライトが当たってしまう。
信号機、駅、などそれ自体に名を与える前にその場所を考えてる。
一番手軽なのが目立つものとの相対的位置。
だから、国会前 式のネーミングになるし、それが多いとか、苦になるとか、あまり、問題にならない。お前、手前、板前、など、さらに江戸前は魚ですか、たしか。門前町とか、考えると、かなり根深い発想です。
何気なく振り子が揺れてると左右の動きに見えるのは、目の前にある、とすでに意識しているから。名詞を先に意識すれば、往復、前後の動きに見えます。
そして、東京都 千代田区 東町 1-2-3 麻生太郎
というのが、つまり、周りの場所が先で名詞が最後に日本語の発想の典型が出ている。しかも、不合理さが気にならない。
外国のように道を使った住所にすれば二直線の交わる位置を示すことになり客観的かつ初めての人、外国の人のみならず日本人にもしんせつなのに。
源氏物語冒頭のように修飾が、つまり、状況説明を充分にして、出来れば、名詞を省くのが好み。
ところが英語は名詞 つまり主語で始まる。無生物主語を構文的に取り上げたり、抽象名詞を主語にしにくいのはこの辺に原因があるかも。