https://m.youtube.com/watch?v=nkNQ57O8acI
【天照】
太鼓の達人2016世界大会エキシビション楽曲
作曲…Tatsh a.k.a 世阿弥
出典…太鼓の達人 レッドver.

イントロはストリングス中心の荘厳でゆったりとしたモノ。張り詰めた雰囲気の弦1音1音に被さる金物を想像させる音域の高い音と、じわじわと膨らみを見せるシンバルや銅鑼の音色が、神々しさを膨らませる。曲のタイトルを加味すると、天照大御神を祀る伊勢神宮の内宮の入り口を思い浮かべてしまう。

荘厳なイントロが静まり返ったと思えば、ドラムの荒々しいフィルインとウィンドチャイムを想起させる金物の打楽器により、曲調が一気に変化する。ここからBPMが200になり最後まで駆け上がる。まるで実物の天照が降臨したとさえ錯覚させられた。

フィルイン以降は幾ばくかの繰り返しフレーズが展開される。しかし、繰り返す毎に曲に込められる迫力や熱気が増すのを感じ、溢れんばかりのエネルギーの膨張を感じた。

膨張したエネルギーは次のパッセージへと移行する。8分音符主体の主張の強い和風なストリングスのメロディ。主旋律を構成する音階の選び方はともかく、主旋律を支える和音の音の選び方もしっかりと和風を称えるモノであり、疾走感とともに雅な雰囲気を纏っている。しかし曲の底を支えるドラム、ベースは確実に和風とは程遠い音ゲー色の強いフレーズであり、その2つの音楽の世界の融合の仕方が本当に素晴らしい。

一旦静まり返って、また1つのフレーズを繰り返す場所に移る。ここからは弦楽器は鳴りを潜め、代わりに金物を思わせるシンセを多用し天照の神々しさを表現している(と思う)。コード進行の種類や頻度も先のパートに比べれば落ち着いて、クッキリした緩急が感じられる。繰り返しの後半には若干エッジの効いたシンセの音色が16分音符感覚で敷き詰められており、少しゆったりした曲調の中に緊迫感を吹き込んでいる。16分の音符のフレーズに、氏の過去作である「冥」や「ミュージック・リボルバー」の面影を感じた。

繰り返しが終われば、4分の7拍子とかいうまあまあ珍しい拍子でベースの強く効いた音楽に移行する。ドラムパートもリムを多用したものになり曲調の大きな変化に一役買っている。
特筆すべきはイントロからBPM200に移る際のフィルインに使われたウィンドチャイムに似た金物がひっきりなしに鳴っていること。天照の輝きを放つ神々しさを表現するのにも一役買っている。このパートからは天照が様々な箇所へ自身の輝きを縦横無尽に振りまいてる様を表現してるのではないか?と適当ながらに考える。
音楽的に更に注目すべきは、先ほどまでの箇所とは比べ曲の高音、低音の割合が高くその中間を成す音がほぼ存在せず、変拍子も交わり一種の不安定感を醸し出していること。この不安定感も曲の緩急をつける1つの要素であり、何よりベースラインを強めに出し中間の音を減らすことで、高音の鳴り物の存在感が更に際立ち、結果的に神々しさが荒々しく浮かび上がるということ。ここめっちゃ大好き

変拍子の箇所が終われば少し色の入った透明感のあるシンセのコードが入り安定感が増す。拍子も戻るが先ほどのベースラインを継承していることで、先ほどのパートを受けてこの展開がされているという事が暗に示されている。コード進行を見てみると今までの箇所とは調声が変わっており、不安感をそそる。

ベースラインの主張が激しい地帯を潜り抜けると、まるで別の曲を聴いているかのようなパートに入る。調声がガラっと変わっているのは分かるが、何より使っている音色がよりキラキラしたものになっており、溢れんばかりの輝きを感じずにはいられない。この箇所のコード進行を少し採譜してみたが、D#M→C#M→B♭Mというメジャー基本形を下っていくような突拍子もない形であるが、何故か聴いてて圧倒されるようなモノを感じた。まるで実物の天照を目の前にして、いよいよ溢れんばかりの光を直接受けているようにさえ思えてしまう。

いよいよサビに入る。主旋律とコード進行は基本的には同じ音階を繰り返し演奏しているが、この繰り返しが堪らなく好き。リフレインを上手く活用してる例の1つだと思う。継承してきた疾走感とともに、少しばかりの切なさも含むようなパートであり、聴いてて余韻を残していく音楽のように思える。

サビが終わるとエンディングに入るが、ここはイントロを抜けたBPM200地帯入りの箇所の後半のフレーズを半音階上げて用いている。曲の統一感を出すのにも一役買う構成であるとともに、イントロとエンディングを同じフレーズで構成する事により、この天照という楽曲の世界観が1つの曲の中に封じ込められた一巡の世界で出来ているという意図を感じた。
しかしイントロのそれとは異なり、最後の盛り上げ方を変える事でしっかりと曲の終わりとしての雰囲気付けがされており、最後の最後まで耳を離せない構成をしていると考える。

エンディングはドラムパートが一気に荒々しくなる。しかしよく聴いてみるとだんどんとフィルインは収束しているようにも感じられ、あたかも天照が役目を終えて本来いる場所に帰り、気がついたら伊勢神宮の内宮の入り口に立っていたという物語が連想された。
総合すると、天照という楽曲は実物の天照に会い、別れるまでの刹那的な風景を切り取った楽曲であると想像した。

※一部妄想を含みます。