仕事や収入=人間の価値

という景気のいい時代の価値観だけは残り、個人の将来性の価値を押し潰している。

俺は親がアル中で貧乏で虐待家庭だったから、全国模試一桁代でも大学には行けなかった。

貧乏だけが原因ではないけれど。

勉強だけは続け、本で言えば一万冊以上は読んで勉強した。

それでも生まれた環境での差を覆すのに時間がかかりすぎる気がする。

だから、物理的世界を破壊したい衝動に日々襲われる。

多くの社会的弱者は、人生を諦める以外の選択肢(自殺、犯罪、妥協)以外に無いのではないかなと思う。

俺は正直、家庭環境に恵まれている人間を殺したいと思う。

もう十分生きただろ?

最近、携帯とかゲームとか新しいのがどんどん出てきて思うんだけど

今のデフレの時代に受容はどのくらいあるのだろうか?

多くの社会的弱者は今はいかに金を使わずに(使えずに)、生きていこうとしている。

そんな中で、対象を金持ちにしているわけではない物に価値を感じる人はどのくらいいるんだろう?

結局、損害を内部留保で埋めるだけな気がする。

企業は、自分の会社[だけ]は生き残ろうとしている。

内部留保を空にするぐらい社会還元すれば、世の中にお金が回り少しは良くなる気がするのは浅はかだろうか?

年収200万以下で、わざわざ相手を探して結婚して子供を作ろうとする人と

お金の心配の無い人の意欲の差はどのくらいだろうか?

子供の数=国や社会の未来だろう?

というのは精神病で狂った発想なのかな。
孤独
▼ 2011/09/15 12:01
例えば、

借金が一千万円あり、悩んでいる時に

借金が一億円もあったけど、弁護士に話して解決した話しを聞かされたらどう思うだろうか?

また、

借金が100万円もあったけど、弁護士に話して解決した話しを聞かされたらどう思うだろうか?

中期の癌になって悩んでいる時に、

末期癌と診断されたけど治った話しと、初期の癌で治った話しを聞かされた場合ではどうだろう?

俺は後者の話しをいろんな人から聞かされてきた。

そこから、孤独以外に何が感じれるだろう?

最初の頃は、内容には満足出来ないけれどわざわざ心配して話してくれたことに感謝は出来るけれど…。

回数が増える度に、この悩み事は解決出来ないよ、だからお前の人生諦めなさいと聞こえるようになってきた。
いつから
▼ 2011/09/15 13:27
人は…、心の余裕をなくしてしまったのだろうか?

かつての学歴社会時代、

高校に行かないと言えば非国民のような扱いだったと思う。

今の日本でも残っている、

大多数の人と同じが正しくて、

少数派はいつも非難される。

個性というのは大多数の人の範囲内での話しで、

法律に触れない範囲で、自分の生き方を追求することではない。

非難はストレスに変わり、

自分らしい生き方を諦めて過ごすストレスに変わる。

好きなことをして生きてる人は許容範囲内かバックアップする人が必ずいてて、一人ではやっていけない社会が今の日本だと思う。

そんなストレスまみれで、どうすれば心の余裕がもてるんだろう?

心の余裕なしで人に、例え自分の子供ですら愛せるのだろう?

私は幼少期から、よく父に熱湯をかけられてきた。

年齢を重ねるだけでは心の傷は癒えず、その心理状態は大多数の許容範囲外なようで否定だけをされてきた。

よく虐待ニュース記事に『なんで子供にそんなことが出来るのかわからない』と書いてある。

わからないのではなく、わかろうとしないのだ。

言った本人の人生にはわかる必要が無いのだろう。

ただ言えるのは、わかろうとせずに否定だけをするならば、それは加担と変わらないと私は思う。