心配されて何がかわるのだろう。

変えることは出来るが、変えないだけの心配を選び、それを私にわざわざ伝えてくる。

孤独だ。
今まで仕事を探し続け、時には採用され働いた。

税金も社会保険も厚生年金も納めていた。

それでもずっと孤独だった。

職場に行けば人がいてる。

価値観の違う人達が。

仕事のストレスに人間関係のストレス、食べていけるだけの収入。

また食べていけるだけの収入を得るために大きなストレスを得ないといけないのか。

理解出来ないと言われ続ける孤独を感じ続けなければならないのか。

たかがブログでさえ批判される。

社会では批判ではなく無視に変わる。

変わらないのは、孤独であるというだけ。
この漫画を楽しめる心理はなんだろうか?

お金を借りる人間よりは落ちぶれていないと感じる安心感だろうか?

以前同い年のメンヘラと話したことがある。

彼は友人も恋人も仕事もあるが、親との関係だけはうまくいっていなかった。

親の愛情不足に屈折した教育により鬱になる思考回路が出来上がっている。

この漫画を読むと暗くなると彼は言った。

借りる側の立場、堕ちていく人間の立場からみてしまうから。

明日は我が身かもしれないのに、楽しめる心境になんてならないと。

同意見だった。

彼は友人も恋人も仕事もあるので、

結局私とは連絡が途絶えた。

私に固執する理由なんてなく、家に帰れば同棲してる彼女がいて、会社帰りには会社の同僚と遊び、休みの日には学生時代の友人と遊ぶ。

これが、私が人間関係を築くために努力して時間をかけてうまくいかない理由だ。

多くの人はわざわざ新しい人間関係には固執しない。

既にあるのだから。

そして、出会いがあっても必要以上に仲良くなろうとはしない。

既にあるので十分だから。