3.11から2年。
そんなに経つんだと思う中、そんなに経つのにこんなに変わらないんだと思ってしまう。
ずっと見ると気が滅入るのも事実で、少し最近の震災報道を見る。
そうすると住む場所はもちろん、震災後しばらくしてからPTSDになり急に働けなくなった人、
『がんばろう、復興しよう』と思える人はまだいい。
震災後一年、ある日突然、仕事中に震えが止まらなくなり、
今も闇を抱えて働けない、前を向けない、
ココロのケアはまだまだ時間がかかる。
けれど周りは毎日に追われ、風化されていく。
あのとき。
色んな人がいろんな決断をしたと報道されていた。
震災後の様子をボランティアなどで、直で見たひとほど『いつ死ぬかわからない』と
離婚や、海外へ旅立つ人、仕事を辞める人など続出した。
私は逆の選択をした。
『仕事を辞めない、就職内定どころか会社が流された、仕事を奪われた人たちもいる』
家族の心配をして避難してしまった社員もいる。
だから残されたほうはその分まで仕事に追われる。
逃げた人がいる。それは非難できない。
仕事どころでないがそこでも仕事をやるのが日本人。
仕事は山ほどある上に、突然の仕事ストップ。困る人たちのフォローを誰がやる??
関東にいる私たちのフォローは震災後1週間、大変なものだった。
電車が止まっているのに歩いてでも会社に向かうわたしたち。
関西、九州は何もないのに、こちらは地震&電話回線が切れる。
仕事は当然入るので状況説明、東北の仕事フォローと
関係会社の安否、生存確認、仕事できる状況なのかどうか。
そうやって毎日交代で泊りがけでフォローするひとたちだっている。
全員が『明日はどうなるかわからない』といって、放りだすことなんてできない。
震災にあって、家族全員の安否を確認できてなくてもそこで救済活動をするひともいる。
命がけで放水作業をする人たちに全然かかってねーよとヤジを飛ばした東電。
私の正直な感想は二年経ってもまだこんな状況。。。
復興めざしてすごく変わった場所もあると思いますが、
この先不安を隠せません。
風化させないように、絵本を書いてる人などやはりそうしていく活動が大事だなあと。
でもこの先日本にいるのも不安です。
やっぱり、我慢強すぎて耐え忍んでる人とそうでない(東電とか)人の差が、不平等差が、
広がりすぎてる気がします。












